後日談 王太子夫妻のお忍び

1

 サーラはいつもより早く目を覚ますと、慌てたようにベッドから降りて窓に駆け寄った。

 カーテンを開いて窓の外を確認し、朝の白い光にホッと息を吐き出す。


「よかった、晴れてる……!」

「それは結構なことだが、さすがにその格好で窓の近くに行かれるのは、夫的にはハラハラするからやめてほしいな、奥さん」


 背後からさっきまで寝ていたはずのウォレスの声がして、サーラはひゃっと飛び上がる。

 ウォレスが後ろから抱き着いて、うなじにちゅうっと吸い付いたからだ。


「おはようサーラ。天気はもう確認したからいいだろう?」


 そう言って、ウォレスはサーラの目の前でカーテンをきっちり閉めてしまった。

 サーラは自分の姿を見下ろして、一瞬うっと言葉に詰まったが、その言い方ではまるで自分が痴女のように聞こえると、むっと口をとがらせる。


「バルコニーがあるから外からは見えないはずです」

「はずだと困るんだよ。こんな……無防備な格好を見ていいのは私だけだ」


 体の線もあらわな薄い夜着に覆われた肩を撫でられて、くるりと体が反転させられた。

 向かい合うように抱きしめたウォレスが、口をへの字に曲げで言う。


「このあたりとか、透けているんだがわかってる?」

「いちいち口に出さないでくださいウォレス様!」


 つつーと鎖骨から胸に向かってたどろうとした指先を、サーラは顔を真っ赤にしながらぺしっと叩いた。

 つい先月結婚したばかりの初々しい新妻の様子に、ウォレスがくすくすと笑い出す。

 公の場では正しい名前で呼ぶけれど、二人きりのときは、相変わらず「サーラ」「ウォレス」と呼び合っている二人だ。こちらの方が親密な感じがするから、二人きりの時まで呼び方を変えなくていいだろうとウォレスが言ったためだった。

 サーラとしてもオクタヴィアンよりウォレスの方が呼び慣れているし、特別感があるのでこちらの方が嬉しい。

 ウォレスは指先でサーラの赤くなった頬をつついた。


「言いたくもなるよね。私の妻は、夫におはようのキスをするより早く天気を確認しに行くんだから」

「だ、だって、今日は……」

「うん、サーラがそわそわするのもわかってはいるけどさ。リジーに会うの、久しぶりだからね」

「……はい」


 そう。今日は、ウォレスとともにお忍びで下町に行くことになっている。

 行くと言っても、王太子夫妻としてパレードもしたせいで、以前のように堂々と下町を闊歩できないが、ウォレスが残している下町の邸までなら大丈夫だろうと、ブノアが許可を出したのだ。

 だから下町の、東の一番通りの邸で今日、リジーと会う約束をしているのである。


(雨が降っても会えるけど、リジーは歩いてくるから……)


 大切な友人が雨に打たれる羽目にならなくてよかった。

 リジーとは半年前に会ったきりだ。

 手紙のやり取りはしているが、結婚式の準備で慌ただしくて、なかなか会う機会が取れなかった。


「それで愛しい愛しい私の奥さん? キスはまだ?」


 こちょこちょと首元をくすぐられて、サーラは小さく身をよじる。

 どうやらウォレスは、サーラがおはようのキスよりも天気の確認を優先したから拗ねているらしい。

 相変わらず、ちょっとしたことに焼きもちを焼く夫である。

 サーラは苦笑して、つま先立ちになると、愛する夫の唇に触れるだけのキスをした。




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