最後の勝負 2

 五月一日、早朝。


「かかれ‼」


 青く高い朝の空に、司令官の怒号が飛ぶ。

 ゆっくりと、シャミナード公爵を乗せた馬車が、十数名の護衛に守られながらある地点を通過した瞬間、シャルは腰に佩いていた剣を抜き、馬の腹を蹴った。

 シャミナード公爵の捕縛の作戦に参加させてほしいとマルセルに頼み込んだのは、この計画を聞かされてすぐのことだった。

 サーラが知れば不安がるだろう。

 だからこそ、秘密裏に作戦に加えてほしいと、マルセルに頼み込んだ。

 マルセルは当初シャルを離宮の守りに加えるつもりだったらしいので難色を示したが、意外にもシャルの我儘に許可を出したのはウォレスだった。


 ――サーラが行けないから、君が代わりに行くといい。行って、必ずシャミナード公爵を捕らえて、サーラの前につき出してやれ。


 その言葉を聞いた瞬間、サーラがこの男を選んだ理由が少しだけわかった。

 サーラの気持ちに――奥底に折りたたんで箱に詰め、鍵をかけたどろどろとした怨嗟に、憎悪に、この男は気がついている。

 本当は誰よりも、サーラ自身の手でシャミナード公爵を捕らえたいだろうその気持ちに気づいていて、シャルにその代わりを務めろというのだ。


 ずっとずっと大切に守って来たサーラ。

 感情を押し込めて笑う愛しい少女の、ともすればひび割れて壊れそうな心を知るのは、自分だけだとずっと思っていた。

 その特権を奪われたような悔しさと、それでいて、この男ならばサーラの心ごと守ってくれるのではないかという安堵。

 複雑な気持ちのまま、シャルは胸に手を当て、ウォレスに最敬礼を取った。


 ――必ず。


 サーラが、サラフィーネ・プランタットのままであれば、嫁いでいたかもしれない相手。

 因果だなと、思った。

 そしてその運命には、最初から自分が入り込む余地などなかったのだろう。


(だから俺は、最後までサーラの兄であろうと思う)


 抜身の剣を片手に、先陣を切って駆け抜ける。

 シャミナード公爵。――あの男だけは、絶対に許さない。

 怒号と罵声と馬のいななき。

 剣劇が飛び交う中、シャミナード公爵の護衛を、一人、二人と切り伏せて、馬車の扉を蹴破った。

 馬車の中にいた五十過ぎの男は、ひどく冷静な顔をしてシャルに視線を向ける。

 ガラスのような熱のない目だと思った。


「ディエリア国宰相ドラクロア・シャミナード! 国家転覆罪の容疑で、身柄を拘束させていただく‼」


 喉元に切っ先を突きつけても、シャミナード公爵の表情は動かなかった。


 彼はただ一言「そうか」と熱のない声で、つぶやいた。





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