最後の勝負 3
シャミナード公爵に通じていた貴族たちの一斉捕縛で国中が混乱する中、その一報は届けられた。
(シャミナード公爵が、捕縛された……!)
次々に届けられる報告を玄関で受け取っていたサーラは、ひゅっと息を呑む。
現在、シャミナード公爵は王都に送還されている途中だという。
シャミナード公爵の捕縛に動いたのは、第二王子付きの騎士と、そしてセザールにかくまわれていたラコルデール公爵と公爵軍だった。
わずか二十人足らずの相手に百人を超える軍勢で完全包囲して襲い掛かったというのだから、シャミナード公爵には逃げ場はなかっただろう。
捕縛作戦にはシャルも同行したと、シャルが出立したあとで教えられて、サーラは飛び上がらんばかりに驚いたが、捕縛作戦に参加した兵士たちに犠牲は出ていないと報告があってひとまずほっとした。
シャルは君のために行ったんだと言われて、兄も、そして許可を出したウォレスにもちょっぴりあきれてしまう。
できることなら自分の手で捕らえたかったというサーラの思いに、シャルもウォレスも、いったいどこで気づいたのだろうか。
「レナエルもその側近も、フィリベール・シャミナードもすべて捕らえた。シャミナード公爵を移送後、わずかな時間ならば会わせてやることもできるが、どうする?」
この機会を逃せば、サーラがシャミナード公爵に会う日は二度と来ないだろう。
憎き敵に会えると思うと、緊張なのか、それとも違う感情からなのか、口の中がカラカラに乾いていく。
「もちろん、会いたくないなら……」
「会います。……会います」
会ってどうするかなどは、今のところ何も思いつかない。
だが、会わないという選択肢はサーラの中にはなかった。
会ったところで憎しみが消えることはないだろうし、むしろもっと憎しみが募るかもしれないけれど、シャミナード公爵が死ぬ前に仇の顔を目に焼き付けておきたい。
「わかった。だが、あまり手を握るものじゃない。傷がついたらどうするんだ」
自分でも無意識のうちに握り締めていた拳を、ウォレスがそっと開かせる。
「爪が食い込んだな。少し血がにじんでいる」
眉を寄せて、おいで、と手を引かれた。
ベレニスが頷いてくれたので、玄関での報告の受け取りはベレニスに任せて、サーラはウォレスとともに二階に上がる。
ウォレスの部屋に連れて行かれて、メイドが消毒液と傷薬と包帯を持って来た。「私がする」とメイドを部屋から追い出して、サーラをソファに座らせたウォレスが、手のひらを確かめる。
「包帯なんて大袈裟です。舐めておけば直るような小さな傷なのに」
「では舐めるか?」
「え?」
と問い返したときには、ちゅっと手のひらにキスが落ちていた。
慌てて手を引こうとしたが、その前に傷の上をウォレスの舌先がつーっとなぞる。
ピリッとした痛みが走って眉を寄せると、ウォレスが小さく笑った。
「ほら、痛いんじゃないか」
「痛くないなんて言っていないじゃないですかっ」
「小さな傷とは、痛くない傷のことをいうんだ」
そんな定義がどこにある。
あきれていると、ウォレスが今度こそ消毒液に綿球を浸して、傷の消毒をはじめる。
すうっと冷たい感触と傷に消毒液がしみるビリッとした痛みに、サーラはぎゅっと肩に力を入れた。
ウォレスが丁寧に傷薬を塗って、包帯を巻く。
「もう片方も」
「こっちは……」
「舐めるか?」
「……傷薬でお願いします」
もう片方の手はそれほど傷になっていないのだが、逆らうと手のひらを舐め回されそうな危険な気配がして、サーラは素直に手を差し出した。
「君がシャミナード公爵に会いに行くときは、私も行こう」
「……はい」
「もし君が、その場でシャミナード公爵を殺そうとしても、ちゃんと私が止めてやる」
(……どこまで)
わかって言っているのだろう。
殺したいほどの憎しみを暴走させるかもしれないという恐怖に、どうしてウォレスは気づいてしまうのか。
両手の手当てが終わると、ウォレスは当たり前のようにサーラを膝の上に横抱きにする。
あやすように背中を撫でられて、サーラはこてんと、ウォレスに体重を預けた。
彼にこうして甘えられるのも、あともう少し。
いつの間にか、甘やかす側が甘える側に回ったなと苦笑しつつ、今だけの温かさに縋りつく。
終わりの日は、すぐそばまで迫っていた――
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