九年前の真相 4

「ここからは順を追って説明します」


 サーラは何枚かの紙をサロンのテーブルの上に並べた。

 紙にはすべて日付と、何が起こったのか、そしてどういう結末で締めくくられたのかが書いてある。


「まずは最初の事件です。昨年の四月に、下町に二つの贋金が出回りました」


 最初は、質の悪い偽の金貨だった。こちらはのちに出回る質の高い銀貨の贋金のカモフラージュのため、わざと質を落として周囲の目がそちらの向くようにしたのだと思われる。

 精巧な銀貨の贋金が出回っていることに気が付いたウォレスは、それの取り締まりを急がせた。


 まず、知人に紹介されて贋金を使う仕事をもらったエタンという男が捕まった。

 次に、エタンに仕事を紹介したコームという男が、空き家のワイン庫の中で死体となって発見される。

 そして、九月の成婚パレードで襲撃を起こしたレジスという男も、贋金に関与していた男だった。

 けれども事件はそれでは終わらず、ウォレスがセザールに依頼されて向かった伯爵領の沼池で、贋金の鋳型が見つかる。

 ここまでを、サーラは一枚目の紙にまとめていた。


 そして二枚目は九月ごろから、下町に出没しはじめた神の子セレニテの事件である。

 神の子は、下町で「奇跡」を起こしては人の心をつかんで、今では神の子ファンを名乗る集団まで発生していた。

 ここで特出すべき点は、神の子が「奇跡」と称して起こしているのはトリックであり、それを見ている人間に金銭を一切要求していないこと。

 そして、彼が人心を掴む方法を知っているということである。

 神の子は、現在進行形で下町に出没している。


 次に三枚目は、昨年十二月のバラケ男爵の死と、年末から年明けにかけて流行していた『不老不死の秘薬』の件。

 四枚目は、フェネオン伯爵の死亡事件。

 五枚目は、ラコルデール公爵家にかけられた、冤罪。


 サーラがラコルデール公爵家にかけられた嫌疑を「冤罪」と記したことで、ジュディットがハッと顔を上げる。

 そんな彼女に、サーラは深く頷いて見せた。


「ラコルデール公爵家にかけられた嫌疑は、冤罪で間違いないと見ています。そしてラコルデール公爵は、誰かがかくまっている。……そうですよね、セザール殿下?」

「え……?」


 ジュディットの目が、今度はセザールへ向いた。

 彼は肩をすくめてみせる。


「なんだ、お見通しか。君の大きな目は魔法の鏡なのかな」

「兄上が⁉」

「しー、声が大きい。いくら人払いをしていても、あまり大声は上げてはいけないよオクタヴィアン。レナエル側が何かこそこそしているのに気づいたからね、人を使ってこっそりと逃がしてかくまっておいたんだ。大丈夫、そう簡単に見つかるところにはいないからね」


 その飄々とした様子に、サーラは「本当、食えない王子様ね」と心の中でつぶやく。

 おそらくだが、この王子様がレナエルと結婚したのもわざとだろう。

 結婚話が出てからの貴族の動きを見て、自分の手元に置いておいた方が何かと監視しやすいと踏んだに違いない。だから第二王子派閥が口を出す前に結婚を固めてしまったのだ。第一王子派閥が強引だったのもあろうが、本人の意思を無視して進められるものではないのだから。


(ウォレス様を応援しているように見えて追い詰めるようなことをしたのが不思議だとは思ったけど、本質は逆だったわけね)


 セザールは、危険人物を自分の手元に置くことでウォレスを守ったのだ。

 だがそれをばらすとウォレスは怒るだろう。彼も聡明なのでいずれ気づくだろうが、今、わざわざネタばらしをする必要はない。

 セザールがジュディットに優しく微笑んだ。


「安心して。公爵夫妻は無事だよ」


 その瞬間のジュディットの表情を、サーラは見逃さなかった。

 ホッと胸をなでおろした彼女の頬が、赤く染まったのだ。


(……あれ?)


 何かが引っかかる気がしたが、今はあちらに気を止めている暇はない。


「話を元に戻します。まず、去年の四月からの贋金事件。本来、こちらがラコルデール公爵を陥れるために準備されていたものだと思います。ですが、オクタヴィアン殿下がすぐに気づいて、贋金が広く出回る前に片付けてしまった。これではこの嫌疑をラコルデール公爵に擦り付けようとしても不発に終わるでしょうし、何より、事件をオクタヴィアン殿下自らが解決されているので、うまくラコルデール公爵に嫌疑を向けられたとしてもオクタヴィアン殿下へのダメージは少ない。なので相手は、計画を変更せざるを得なかった」


 シャミナード公爵は、計画の邪魔になる人間を早く片付けたかっただろう。

 計画上、セザールをいったん王位につけてから奪い取った方が何かと都合がいいと踏んだ可能性が高い。


 セザールはかなり頭が切れる人物だが、周囲にはうまくそれを隠していた。シャミナード公爵はセザールを侮っていたはずだ。

 利用し、のちのち消すにはセザールの方が都合がいいが、かといって弟王子に王位を奪われてしまえば計画に支障が出る。ゆえに、シャミナード公爵はさっさとウォレスを蹴落としてしまいたかった。

 ラコルデール公爵家は第二王子派閥の筆頭でウォレスの母である王妃の実家だ。ここが潰れれば、ウォレスは王位争いから退くことになり、うまくいけば王族籍の剥奪まで狙える可能性があった。計画としては、悪くないと思う。


(わたしがここに、いなければね)


 まさか過去に同じ方法で蹴落とし殺害した公爵の娘がいるとは、シャミナード公爵も思わなかっただろう。

 途中でサラフィーネ・プランタットが名を変えヴォワトール国にいると気づき、排除しようとしたが、間に合わなかった。

 彼の最大の誤算はおそらくここだ。ウォレスが手繰り寄せ拾い上げた、運命である。

 ウォレスがもし、サーラと出会っておらず、恋に落ちなければ、サーラはたぶんこうして生きてはいなかった。シャミナード公爵の手のものに始末されていただろう。

 ウォレスがサーラを守ってくれたから今がある。


「なるほど、だから『不老不死の秘薬』に変えたわけか。また妙なものをと思ったが……」

「ディエリア国では四百年前、不老不死の秘薬と称して東の国から金丹という薬が輸入されました。それを服用した当時の国王陛下は命を落とし、薬を輸入し陛下に献上した貴族は国家反逆罪が適用されて処刑されています。シャミナード公爵はディエリア国の貴族です。それを知っていたんですよ。人事が動き、自分の手のものたちで固められた城の中では、金丹密輸の嫌疑をかけてラコルデール公爵を拘束するくらいわけないと踏んだのでしょうね」


 まさか取るに足らないと思っていた娘婿が陰で公爵を逃がしていたとは思わなかっただろう。

 今頃、計画通りに進まなかったことをさぞ悔しがっているに違いない。いい気味だ。


「それはわかったけど、その贋金事件にシャミナード公爵が関係していたとする根拠は何かな? ただそうであればいいなという程度なら困るよ」

「贋金事件にシャミナード公爵が絡んでいたと考えられる根拠は三つあります。まず一つ目は、この件の裏に『神の子』がいると想定されること。二つ目は贋金事件に関与していたレジス……成婚パレードに乱入した男を、レナエル妃の護衛騎士が殺害したこと。口封じだと思われます。そして三つ目は、わたしの両親も、贋金製造の罪を捏造され殺されたからです」

「……なるほど。一度うまくいったら、次も同じ手を使いたくなるのが人間の心理、ってことかな」

「だと思います。あの時は、この国にわたしがいると知らなかったでしょうから」


 レジスは、パレードに乱入する前に、白熊亭や娼館で愚痴をこぼしていたという。その内容から想定するに、彼はトカゲのしっぽ切りにあったのだ。つまりうまく利用され、不要になったから捨てられた。

 贋金製造は重罪だ。それに深く関与していたのならば、捕縛されば処刑されるだろう。

 もしかしたら、レジスを消したほうが都合がいいと判断したシャミナード公爵側の人間に命を狙われていた可能性もある。


 四面楚歌状態で怯えながら過ごしていたレジスは、どうせ殺されるなら一矢報いようとでも思ったのかもしれないし、追い詰められて正常な判断ができなくなっていたのかもしれない。

 どちらにせよ、贋金製造の一件にシャミナード公爵家が関与していると知っていたレジスは、かの家の使用人か何かだったのだろうと思われる。生きていたらいろいろ聞けただろう。

 彼が生きてさえいればもっと早くシャミナード公爵までたどり着けたのに。


「それで、その『神の子』とは? ずいぶん、大それた名前を名乗っているようだが」


 サーラはウォレスを見た。

 一つ頷いた彼が、口を開く。


「フィリベール・シャミナードだ、兄上。レナエル妃の兄の、な」


 セザールは、実に面白くなさそうに口を曲げた。





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