九年前の真相 5

「なるほど……。ディエリア国と縁のある貴族に呼ばれてやたらと外出していたことまではつかんでいたが、『神の子』なんてものを名乗っていたとはね」


 やはり、セザールはフィリベール・シャミナードがこそこそと城から外出していたことを知っていたらしい。

 だがまさか下町にまで顔を出しているとは想定していなかったのだろう。ディエリア国と縁のある貴族たちと、ヴォワトール国の乗っ取り計画でも話し合っているのだろうくらいに思っていたに違いない。


「『神の子』の動きについては、わたしも最初はよくわかりませんでした。贋金についてはともかく、あちこちで奇跡というトリックを無償で披露して何がしたいのかと思いましたし。でも、ようやくわかりました」


 新興宗教を起こすつもりならば、気まぐれに現れては「奇跡」を披露するだけして、演説もせずにどこかへ消えるのはおかしい。そう思っていた。

 しかし、ここにきて、妙な「神の子」ファンが増えつつあることを知って、ようやく合点がいった。


「フィリベール・シャミナードの目的は、人心を掴むことです」

「それはどういうことかな?」

「シャミナード公爵はヴォワトール国を再びディエリア国に併合することが目的であろうと思われますが、そう簡単な問題ではありません。うまくセザール殿下を王にして傀儡にしようとも、セザール殿下の周りにはこれまでずっと殿下を支えてきた昔からの第一王子派閥の貴族がいます。彼らを全員排して国を思うように動かすのは困難でしょう。ですが、王の血筋そのものが変わったらどうですか?」

「つまり、フィリベール・シャミナードを王にしようとしている。そういうことか?」

「ええ。もちろん簡単なことではありません。けれども、フィリベール・シャミナードは人の心をつかむ術を知っている。彼が持っている特別な色もそうでしょう。彼のファン――すなわち、彼を信じて身を投げ出そうと考える人間が多くなれば、どうなりますか? そんな人間たちに、これまで散々奇跡を起こして、自分が特別な存在だと知らしめて来たフィリベール・シャミナードが、今の王家は悪だと説いたら? 神が王を滅ぼすように言っていると訴えたら? 魅了というのは洗脳と同じです。フィリベール・シャミナードという『神の子』に洗脳された人たちはきっと……」

「暴動を起こすな」


 サーラは首肯した。


「貴族の中にも大勢シャミナード公爵の手のものがいます。敵になったときに危険だと判断した貴族は、先に消しておく。バラケ男爵や、フェネオン伯爵のように。暴動の規模がどこまでかはわかりませんが、市民の暴動に乗じて邪魔な貴族や王、王子を消すくらいは、今の勢力図を見れば可能だと思われます。少なくともシャミナード公爵はそう考えているはずです」


 暴動がなければ厳しいだろう。

 けれども市民の暴動で騎士や兵士、そしてシャミナード公爵の暗躍を知らない貴族たちの目がそちらに向いた隙を突けば容易だ。何故ならすでに国の中枢にはシャミナード公爵の手のもので埋められているからである。

 セザールのことだ。気づいた時点で防衛線は張ってあるだろう。シャミナード公爵はそれに気づいていないだろうから、このまま進んでも彼の計画通りになるかどうかはわからないが、それでも甚大な被害が出るのは必至だ。


「今の王族を廃した後で、フィリベール・シャミナードを王位につける。そしてその治世で、時間をかけてディエリア国との併合を狙うなら、不可能な計画ではありません」


 無茶苦茶だとは思う。けれども決して不可能ではない。

 問題はディエリア国の国王がどう動くかだが、フィリベール・シャミナードが王位についた後では下手に反対はできまい。平穏を望む王が、いくら王妃を大切にしているからいって、ヴォワトール国相手に戦争や自国で内乱を起こしてまで、ヴォワトール国をもとに戻すために動くかと問えば否だ。

 シャミナード公爵の狙いはヴォワトール国をディエリア国に併合することで、ディエリア国の王位までは狙っていないのだから、恐らくディエリア国王はフィリベール・シャミナードが王になった後のことは黙認するだろう。


 今であればわからない。

 だが、今はディエリア国王を動かすだけの材料も証拠も足りない。そして時間も足りない。

 いくつかの証拠はあるが、推測で物を言っている部分も大きいからだ。


(ヴォワトール国の方の国王がどこまで気づいているかだけど……)


 こちらも今のところ、静観と言っていいほど静かだ。

 まるで何かを待っているような――ああ、そうか。


「ヴォワトール国の国王陛下を止めているのは、殿下ですか」


 セザールを見れば、にこりと微笑まれた。


「そして、城の人事が動くのを黙認し、陛下にも口を出させないようにしたのも、殿下ですね」


 ここまで一斉に動いた人事と、派閥の集中。

 権力で押し通せないことはないが、セザールと国王が口を出してもおかしくない動きではあった。

 それをしなかったのは、狙いがあったからだ。

 サーラはそれを、背後に王位争いがあるからだろうと思ったが、これも違ったのだ。


「この機会に、敵勢力を明確化して一網打尽にするつもりでしたか?」

「そうだね」

(本当に、食えない王子様ね)


 王に向いている人はこういう人だろうと、サーラは純粋に思った。

 もちろん、隣にウォレスが座っている以上、そんなことは言えない。


(そういえば、ウォレス様はどうして王様になりたいのかしら?)


 王位争い中だとは聞いたが、彼の口から、王になりたい理由を聞いたことがない。

 ふと気になったけれど、話が途中だったことを思い出して小さく首を横に振った。


「下町では、すでに青いスカーフを首に巻いた『神の子』のファンが大勢生まれています。『不老不死の秘薬』を配ったのもおそらく彼らです。フィリベール・シャミナードに頼まれたのかもしれません。『不老不死の秘薬』を手に入れた令嬢たちから、首に青いスカーフを巻いていた人間からもらったという証言が取れました。ただ、これだけではフィリベール・シャミナードまで捕縛するのは不可能です。でも、急がないと、暴動が起きます」


 セザールの表情が引きしまる。


「君の見立てでは、暴動がいつ起こる?」


 サーラはゆっくりと目を伏せて、顔を上げる。

 一番可能性が高そうなのは――


「シャミナード公爵が到着した、その日です」


 市民の暴動で国の最大の混乱を狙うなら、要人が到着した直後だろう。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る