九年前の真相 2

 離宮のサロンの中は、ピリリとした空気に包まれていた。

 その中で、一人穏やかに微笑んでいるのは第一王子セザールである。

 ウォレスに頼んでセザールを離宮に呼び出してもらったが、一人でとお願いしたのに、彼は侍従長であるダングルベール伯爵を伴ってやって来た。

 けれども、場がぴりついているのはそのせいではない。


(……セザール殿下が、いつから『それ』に気づいていたのか。わたしの勘だと結構前からでしょうけど、相談されなかったのがウォレス様は不満で仕方がないのよね)


 不機嫌そうなウォレスにそっと息を吐く。

 ウォレスはもとより、この場にいるアルフレッド、マルセル、ブノアには、アドルフたちから話を聞いた後で、サーラの推測を話していた。

 その推測はおそらく正しいと思うが、裏を摂るためにも、セザールからの証言は必要になる。


「あの……」


 一人、事情が呑み込めていなさそうなジュリエッタが戸惑ったように藍色の瞳を揺らしていた。

 彼女を巻き込むか否かについては悩んだが、ジュリエッタはラコルデール公爵家の娘で、ウォレスの結婚相手の最有力候補だ。もしウォレスと結婚し、彼が玉座についたときに王妃になるのであれば、知っておかなければならないことである。

 ジュリエッタに対して抱く感情は、まだ複雑だ。

 この件が終われば、ジュリエッタは再び、ウォレスの隣に堂々と立つ資格を得るだろう。

 そしてサーラはおそらく、ウォレスともう二度と会えなくなる。


(……今はそんなことを考えているときではないでしょう?)


 サーラは膝の上で拳を握り、自分を叱咤してから顔を上げた。

 サロンのテーブルの上には、セザールが送って来た人事表と、他に貴族名鑑も置かれている。

 サロンは、長方形のテーブルを囲うように、二人掛けのソファが二つと一人がけのソファが二つ並べられていた。


 二人掛けのソファに腰を下ろしているセザールの対面にはウォレスが、その隣にはサーラがいる。

 セザールの隣にはダングルベール伯爵だ。

 アルフレッドとジュリエッタはそれぞれ一人がけのソファに腰をおろしていて、マルセルとブノアは扉の内側に立っていた。

 本来であれば、ウォレスの隣に座るべきはブノアであるはずなのに、セザールはそれについては何も言わない。ダングルベール伯爵は不思議そうな顔をしていたが、セザールが何も言わないので黙っていた。


「兄上。この動きに、いつから気づいていたんだ?」


 ウォレスが、笑顔のままのセザールに向かって固い声で訊ねた。

 セザールがにこりと笑みを濃くする。


「レナエルが私と結婚すると決まってからかな。結婚が決まった後の動きが妙でね。いろいろ探ってみたんだよね。……それまで派閥の動きになんてたいして興味もなかったけど、結婚が決まってからかなり動いたからね」


 セザールが人事表に目を落とす。


「この赤い印がつけられた人間は、レナエル・シャミナードが兄上に嫁ぐとわかってから派閥に加入した人間だな」

「そうだよ」

「そして彼らにはある共通点がある」

「うん」


 セザールは笑みを崩さない。

 サーラはなんとなく、セザールはウォレスが今の状況に気づくのを待っていたのではないかと思った。この状況なのにどこか楽しそうに見えるから。

 ウォレスは一つ息を吐き、そして隣のサーラを見た。


「ここからは、うちの侍女が後を引き継ぐ」

「……へえ」


 今日はじめて、セザールの顔から笑顔が消えた。

 じっと紫色の瞳でこちらを見つめてくるセザールを、サーラは青い瞳でまっすぐに見つめ返した。


「君はあのときの侍女だね」

「はい」


 頷くと、セザールは綺麗な指を顎に沿えて、すっと目を細める。


「君の話を聞く前に一つ。……君はいったい、どこの誰?」


 セザールの問いに、誤魔化しは通用しないだろう。

 セザールのことだ。サーラのことは調べてあるに違いない。

 表向きサヴァール伯爵家の遠縁の娘でアルフレッドの養女になったことにされているが、本気で調べれば、サヴァール伯爵家に「マリア」という名の遠縁がいないことくらいすぐに気づくだろう。

 セザールをこの場に呼ぶと決めたときから、サーラは覚悟を決めていた。


「わたしは……わたしの本当の名は、サラフィーネ・プランタット。八年前に取り潰された、ディエリア国のプランタット公爵家の一人娘です」


 さすがにここまでは予測できていなかったのだろう。

 セザールの表情に、純粋な驚愕が浮かんだ。




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