九年前の真相 1
凍り付いたアドルフとグレースの表情を見て、サーラは、やっぱり二人は何か知っていたのだと思った。
サーラはずっと、独自の推測で、本当の両親――プランタット公爵夫妻は、サーラのせいで冤罪で捕縛され処刑されたのだと思っていた。
サーラが、ヴォワトール国に嫁ぐことになっていたから、自身の娘を王子妃にしたかったシャミナード公爵にとって、邪魔だったのだと。
(でも……それは違ったのね)
ただの違和感が、サーラの中で確信に変わっていく。
サーラはポケットに入れて持ってきていた、セザールがよこした人事表をテーブルの上に置いた。
「お父さん、お母さん。わたしはもう十八歳になったわ。もう子供じゃない。受け止められる。だから話して。……わたしの勘が正しければ、九年前のあの日から、この件はまだ、続いているのよ」
そう。
九年前にサーラの両親にかけられた冤罪は、八年前のサーラの誕生日の日に、二人が処刑されたことで幕が下りたのではない。
あの日、幕が上がったのだ――
☆
(さて……オクタヴィアンは気づけるかな)
報告書に目を通しながら、セザールははあ、と息を吐き出した。
人払いがされているセザールの私室には、第一王子の侍従長であるダングルベール伯爵が一人だけだ。
侍女も他の側近も配された私室の中はひどく静かである。
「レナエルは今何をしている?」
「相変わらず、お部屋にこもられています」
「そう」
夫婦ではあるが、セザールとレナエルは同じ部屋を使っているわけではない。
もちろん、夫婦の寝室はある。
けれども私室は別だ。
セザールは現在はまだただの王子で、複数名の妃を持つことが許された王ではないので、夫婦で同じ部屋を使ってもよかったのだが、レナエルが一人部屋を希望した。
セザールとしては拒む理由もなかったので、希望を叶えてやったのだが、今思えば同じ部屋を使っていたほうが何かと都合がよかったかもしれない。
「下町でも、ずいぶんと面白い動きが広がっているね」
「そうですね」
「……準備が足りないが、もう時間もあまりないな。オクタヴィアンが気づけなかったなら仕方がない。僕一人で動くしかないね」
「しかし、今はまだ――」
「これ以上は待てない」
ダングルベール伯爵がそっと目を伏せる。
ダングルベール伯爵は母である第三妃の兄である。
つまり、セザールにとっては伯父にあたるが、公私を分けるこの伯父は、仕事中は臣下の立場を崩さない。
この点はラコルデール公爵にも通ずるところがあるだろう。あちらも、甥であるオクタヴィアンに対して、公の場では決して気安く話しかけたりはしない人間だ。
(できればオクタヴィアンに気づいてほしかったけど、これで気づけないのならばそれまでかな)
気づけば、王位をあげていた。
ソファから立ち上がろうとしたセザールは、ふと、年の初めにとある侍女から訊ねられたことを思い出した。
――セザール殿下は、王になりたいんですか。それとも、オクタヴィアン殿下を王にしたいんですか。
面白いことを訊くものだなと思った。
けれども、その問いには答えは返さなかった。
その答えは是でもあったし否でもあったから。
セザールにとっては、オクタヴィアンは可愛い可愛い弟だ。
その可愛い弟が本気で王位を欲しがっているのならば、セザールは彼にそれを上げてもいい。
けれども、オクタヴィアンが王になるに足る器でなかったならば、セザールの可愛い弟は王になった後でとても苦労するだろう。
つらい思いをさせるならば、弟は王になるべきではない。
だから、是であり、否。
オクタヴィアンを王にすべきでないと判断したら自分がつく。
それを探るためにいろいろしたが、セザールにはまだ弟が王に向くか向かないかの結論が出せない。
(オクタヴィアンは優しすぎるからね。……王になるならもう少し、人の悪意や謀りごとに敏感でなくちゃいけない。でも――)
まっすぐに自分を見つめてきた、綺麗な青い瞳を思い出す。
(面白い侍女を見つけてきたよね。……あれがただの侍女なのかどうかはわからないけどさ)
もしかしたら何かが変わるかもしれないと、あの目を見て思った。
だから見逃した。
今までの侍女はオクタヴィアンのためにならなかったが、彼女はその逆に思えた。
オクタヴィアンにはおそらく、あのような女性が必要だ。
「ダングルベール伯爵。準備はどこまで進んでいる?」
「八割がたは完了しました」
「じゃあ残り二割を急いでくれ。……最悪の場合も加味して動いてほしい」
セザールが動いた瞬間、王位は決まる。それは間違いない。
(オクタヴィアン、もう時間切れかな……)
寂しそうにセザールが笑ったそのとき、私室の扉が叩かれた。
ピリッと、ダングルベール伯爵の表情に緊張が走る。
けれども、扉の外にいたメイドが差し出したのは、一通の手紙だった。
手紙を受け取り、セザールは笑う。
手紙の差出人は、弟、オクタヴィアンだった。
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