サーラの決意 4

『不老不死の秘薬』については、アルフレッドでも詳細を仕入れることができないらしかった。

 というのも、管轄である法務省の長官が、第一王子派閥の貴族に代わっていたからだ。

 公開されている情報は確認できるが、捜査資料までは手に入らない。もっと言えば、誰がそれを手にして、使用したのかという情報も伏せられていた。つまり、金丹を入手して使用した令嬢たちから確認しようにも、難しいと言うことである。


(わかっているのは、アルフレッド様の元婚約者セシャン伯爵夫人が、義姉からもらったということだけね)


 アルフレッドのことだ、セシャン伯爵夫人へは連絡を入れているだろう。

 事件から三日が経った四月九日。

 王子を移動させるにしてはずいぶん早く、ウォレスの離宮行きが決まった。

 しかもその離宮は、セザールが所有している貴族街の東の端に建っているものだった。

 王都にある他の離宮は現在王族が使っているため、地方に移される可能性があったので、セザールが離宮を提供してくれたのは正直助かったとウォレスが言っていた。

 なんでも、セザールが直接王に掛け合ってくれたらしい。


 王妃の方は城に残るが、監視がつくそうだ。

 ジュディットについては、まだどうなるか決定していない。今のところ監視付きで城の部屋に閉じ込められているが、いつまでその状態が続くだろうか。


 ウォレスの移動に伴い、サーラも離宮へ移ることになる。

 ジャンヌは子供がいるので、ウォレスと一緒に移動するのはベレニスの方らしい。

 あとはアルフレッドとマルセル。オーディロンは城に残る。

 ブノアも第二王子の侍従長のため移動すると言っていた。

 そのため、サヴァール伯爵家は、ジャンヌとオーディロン、それから現在仮住まいをさせてもらっているアドルフとグレースが協力して管理するそうだ。


 そしてシャルだが、彼の方は、本人は離宮に移ることを希望したが、所属が近衛隊のため移動はできなかった。

 シャルは不本意そうだったが、アルフレッドは城の情報を仕入れるためにシャルが残るのは逆に助かると言っていた。意外と兵士たちから得られる情報は貴重らしい。


 先に荷物が運ばれて、サーラはウォレスとベレニス、それからマルセルと離宮へ向かった。

 アルフレッドとブノアは遅れて移動するそうだ。


(思ったより、監視が少ないのね)


 もっと厳重に監視されるのかと思っていたが、離宮には数名の兵士が置かれているだけだった。

 離宮は大きく、広い庭付きの三階建てだった。


 これは二代前の王の側妃が使っていた離宮で、セザールの母が第三妃になったときに王から賜り、その後セザールに譲られたものだという。

 今は管理人を置いていただけで、使っていなかったそうだ。


 掃除は行き届いているので、まずはサーラは離宮の中を確認することにした。

 管理人とメイドはセザールがそのまま貸してくれたが、管理目的で置いているだけだったので人数がいるわけではない。そして、こういう言い方をしては失礼だが、どこまで信頼できるかはまだわからなかった。

 ウォレスの置かれている状況を思えば、できるだけ彼の周りは身内で固めておくべきだ。サーラ自身でできることは、極力自分でした方がいい。


 ウォレスが使う部屋は二階の中央の部屋で、必然的に侍女であるサーラはその隣を使うことになる。

 城のように、侍女の部屋が主の部屋と内扉でつながっているわけではない。

 ベレニスとブノアは、二階の東の部屋を二人で一緒に使うと言っていた。

 アルフレッドは二階の西の部屋で、マルセルはサーラとは逆側のウォレスの隣の部屋だ。サーラがウォレスの部屋の東隣り、マルセルが西隣である。


 離宮の確認が終わると、サーラはベレニスと手分けをして、城から運ばれて来た荷物を片付けることにした。


(ここからだと、下町が近いわね)


 下町に行くには貴族街との間にある門を通らなければならないが、城にいた時を考えるとぐっと近くなった下町の気配に懐かしさを覚える。

 一年と少し前、下町のパン屋でウォレスと出会った。

 あの時の自分は、今こうして彼の側で何かの陰謀に巻き込まれていることなんて想像もつかなかっただろう。


 そう――、これは陰謀なのだ。

 ラコルデール公爵家にかけられた嫌疑の真偽がどうであれ、陰謀には間違いない。

 第一王子と第二王子の、王位継承争い。


 サーラは、もっと警戒しておくべきだったのだ。

 レナエルやフィリベール・シャミナードの動向も気になっていたし、彼らを探ることで過去のプランタット公爵家にかけられた罪が冤罪だと証明したかった。

 けれどもサーラはウォレスの侍女なのだから、自分のことよりも王位継承争いの方に目を向けるべきだったのだ。


「マリア、荷物の片づけは終わりましたから、あとは自分の部屋の片づけをしてください」

「わかりました」


 ベレニスに言われて、サーラは東隣の部屋へ向かう。

 部屋の中は広いが、ずっと使われていなかった部屋なので殺風景だ。ただ、綺麗に掃除がされているし、カーテンもベッドシーツも新しくされている。

 サーラは着替えをクローゼットに押し込むと、そのほかの細々としたものを鞄から取り出していく。

 その中にはアルフレッドから受け取った貴族名鑑や人事表なども置いてあった。

 貴族名鑑は姿絵と名前のほかに、家同士のつながりや婚姻関係も記されている。

 まだほとんど目を通せていないが、できるだけ早急に読んで覚えたほうがよさそうだ。


 ラコルデール公爵家にかけられた嫌疑を考えると、第一王子派閥が動いているのは明確だからだ。敵の顔と名前、それから縁戚関係は頭に叩き込んでおかなければならない。

 一年前までは、貴族とは関わり合いになりたくないと思っていたのに、今では貴族の陰謀にどっぷり漬かっている自分が少し滑稽だった。

 でも、巻き込まれたとは思わない。

 サーラは自分でウォレスの側にいることを選んだのだから。

 貴族名鑑や人事表をライティングデスクに並べる。


(思いついたことをまとめるための紙とペンがほしいわね。頼んだら用意してくれるかしら?)


 ウォレスは別に幽閉されたわけではない。ひとまず移動させられただけだ。だからある程度の自由は利く。必要なものくらい、望めば手に入れることは可能だろう。

 サーラは人事表に視線を落として考える。

 年明けからの、強引ともとれる人事異動。

 人事部の長官に第一王子派閥の人間がついたからと言って、ここまで強引に動くだろうか。


(もっと前から、計画されていたと考えるのが正解ね)


 これだけの人事異動だ、人事部の長官の一存だけでは動くまい。

 国王の承認は、まだいい。両王子に王位争いをさせている国王だ。このあたりは、二人の王子たちの王位争いの一環ととらえて、ある程度黙認されている可能性が高かった。

 人事がごっそり入れ替わると、政に影響が出るだろうが、元々いた人間が政治から外されたわけではない。閑職とはいえ、椅子は残されている。政が滞ると判断された場合は、国王が口出しして閑職の人間を戻せばいいだけの話だ。

 混乱はあるだろうが、国が動かなくなるほどの問題ではなかろう。少なくとも国王はそう判断したから好きにさせていると見る。

 だが――


(セザール殿下が黙認していたのはやっぱり気になるわ)


 これまで動かなかった第一王子。

 好機と見て動き出したか、はたまた別に思惑があるのか。

 サーラには、セザールは別の思惑で動いているように思えてならなかった。

 それはただの勘だけれど、セザールがウォレスを陥れるために動いたとは、どうにも思えないのだ。二人の関係性をよく知りもしないのに、おかしいだろうか。


(とにかく、今わたしが持っている情報は少ない。この人事異動から思惑を読み取ることからはじめるべきね)


 何もかもわからないならば、わかることを増やしていくしかないのだ。


(やって見せるわ。……わたしはもう、何もできない小さな子供じゃない)


 指をくわえて、状況が悪化するのを見ているだけなんて、そんなのはまっぴらだ。


 もう、二度と――





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る