金丹の入手ルート 1
何の収穫もないまま時間だけがすぎ、あっという間に四月二十日になった。
ラコルデール公爵夫妻の足取りは依然としてつかめないままだという。
アルフレッドは城に残してきた人脈などを通してあれこれと情報を仕入れているようだが、これと言って突破口につながりそうな情報は得られていないようだ。
日に日に、アルフレッドの機嫌が降下していくのがわかる。
「マリア、パパにお茶とお菓子をください」
ダイニングで城から届けられた報告書に目を通しながら、顔も上げずにアルフレッドが言った。
ウォレスは閉じこもってばかりでは気が滅入ると言って、庭でマルセルの鍛錬に付き合っている。
さすがにこの状況で、ウォレスが堂々と下町にお忍びはできないので、リジーの元にはたまにマルセルが向かっていた。
急に手紙が途絶えればリジーが心配するから、サーラの手紙を届けてもらっているのだ。
リジーからも手紙が届いている。
他愛ないに非常から、サーラが以前頼んでおいた『神の子』の動向についてわかったことなどを記してくれていた。
神の子セレニテを名乗っているフィリベール・シャミナードは、いまだに下町をうろついているらしい。
フィリベール・シャミナードの動向も非常に気になるところだが、今は彼にかまけている暇はない。ラコルデール公爵家にかけられた嫌疑を晴らすことが何よりも優先されるからだ。
アルフレッドの隣では、ブノアも何か仕事をしていた。
第二王子の侍従長であるブノアは、城から離れていても忙しい身分である。
ウォレスが城から遠ざけられたからと言って、ウォレスの仕事が取り上げられたわけではないのだ。ウォレスの確認や侍従長の確認が必要な書類は毎日届けられている。
「ブノアさんも一息つかれますか?」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて」
ベレニスは今朝、サヴァール伯爵家の様子を見に行った。
ラコルデール公爵夫妻と接触するかもしれないと疑われているので、監視付きである。けれども、監視さえつければ出かけるのは自由だ。
むしろあの監視は、出かける側の人間の潔白を証明するのに必要ともいえるので、ベレニスも嫌な顔はしない。妙な嫌疑はこれ以上かけられたくないからだ。
どうやらこの離宮に置かれた監視はセザールが手配したようで、意外と緩いし、優しい。監視役の騎士や兵士はマルセルの顔見知りばかりらしく、暇なときは一緒に剣を振っているのも見かける。
自分の分も含めて三人分のお茶を入れて、クッキーと、それからブリオッシュと一緒に出した。
このクッキーはリジーの店の菓子屋パレットのものだ。二日前にマルセルがリジーに手紙を届けに行ったときに購入して帰ったのである。
ブリオッシュの方はアドルフお手製で、今朝、伯爵家から届けられた。
ウォレスはブリオッシュが好きなので、少しでも元気づけようとしてくれたのだろう。
アルフレッドが報告書から顔を上げ、こきこきと首を鳴らした。
眼鏡をはずしてレンズを拭きつつ、はあ、と息を吐く。
「ろくな情報がありませんね」
「城は相変わらずなんですか?」
「ええ。変わらず、第一王子派閥の人間が大きな顔をしています。そのせいもあるのか、来月、ディエリア国からシャミナード公爵が来るそうですよ」
サーラはクッキーに伸ばした手を宙でとめた。
「シャミナード公爵が……?」
「ディエリア国の外戚であっても、レナエル妃の父であるシャミナード公爵は、第一王子派閥の筆頭の一人と言っても過言ではありませんからね。これを機に結束を強めるつもりでしょうか」
「……そう、ですか」
サーラは一つ、深呼吸をする。
シャミナード公爵の名前に反応してしまったが、今は過去のことに囚われてはならない。頭を切り替えなくては。
「あれから、『不老不死の薬』について新しい情報は入手できましたか?」
「そちらも全然ですね。私の元婚約者に頼んではいるんですが、いったいいつ連絡をよこすのやら。もう少し迅速に動けないものですかね」
人に頼んでいるというのにこの言い草である。
(……だから振られるのよ)
サーラはため息を吐きたくなった。
合理性を重視するのは結構だが、アルフレッドは人の感情の機微にももう少し目を向けたほうがいい。
ブノアも長男の様子に渋い顔をしていた。だが言っても無駄なことを理解しているのか口は出さない。
「父上の方では何かわかりましたか?」
「うちの派閥から第一王子派閥に移ろうとする動きがあるくらいかな。それほど大人数ではないが」
「へえ」
きらり、とアルフレッドの紫色の瞳が不気味に光った。
「その名前、付けておいてくださいね」
(……怖っ)
みんな逃げて、と言いたくなる。アルフレッドは裏切者には容赦しないだろう。間違いなく報復するはずだ。
ブノアも肩をすくめているがアルフレッドを止めようとはしない。こちらもこちらで、敵に回る人間には情けをかけるつもりはないらしい。
「それで、裏切者をあちらの派閥は受け入れているんですか?」
「今のところ、派閥への加入は認めているが、重用してはいないようだな。むしろ邪魔者扱いされているようだ」
「いい気味ですね」
アルフレッドは嗤うが、サーラは少しおかしいなと思った。
これを機に第二王子派閥を叩きたいのならば、第一王子派閥の勢力が増えるのは歓迎されるべきことだろう。
新しく入って来た人間を厚遇するように見せれば、迷っている人間へのいいアピールになる。
勢力図を拡大するには、新規参入者を厚遇する方がメリットは大きいのだ。
(それなのに、邪魔者扱い……?)
裏切者は信用できないということだろうか。
しかし貴族なんてそんなものだ。
家を守るため、自分の地位を守るため、派閥を変えるなんてことはよくある。
「マリア、どうかしましたか?」
「いえ……、ちょっと違和感というか……」
「違和感ですか? 何が――ああ、待ちなさい。誰か来たようです」
アルフレッドの言う通り、馬の足音と車輪の音がした。馬車の音だ。
音が止む前に、マルセルとウォレスがダイニングに入ってくる。
「来客だぞ。馬車の紋を見るに、セシャン伯爵家の馬車だ。私たちは汗をかいたので着替えてくる」
ウォレスがそう言って、慌ただしく二階に駆け上がっていった。
着替えを手伝うべきかと思ったが、アルフレッドにここにいるように止められる。
「まったく、ようやく来ましたか」
アルフレッドが、ニッと口端を持ち上げた。
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