カウントダウン 2
「よくお似合いですよ」
四月六日に着る盛装に身を包み、当日のように髪を撫でつけたウォレスに、サーラは心の底からの賛辞を贈った。
(こうしてみると、どこからどう見ても王子様よね)
だらけたり甘えたりする姿を知っている分、きっちりとした格好をして、きりりと表情を引き締めたウォレスにドキドキしてしまう。
目の前にお針子がいるから、ウォレスは完全に余所行きの顔だ。
「きついところや緩いところはありませんか?」
城のお抱えのお針子たちがウォレスの回りを回って、服がたるんでいるところがないか確かめながら訊ねる。
「大丈夫そうだ」
「それはよろしゅうございました。では、次はマントを……」
一瞬、「まだ続くのか」と言いたそうにウォレスが眉をひそめたのを、サーラは見逃さなかった。
服に合わせて、マントも新しいものが用意されている。
(うわ、すごい刺繍。……重そう)
重厚な青の布に、銀糸で王家の紋章が緻密に刺繍されているマントである。すごく綺麗だが、あれは絶対に重い。
ベレニスも手伝って、お針子たちがウォレスにマントを羽織らせる。
マントの丈はくるぶしのあたりまであった。あれでは動きにくかろう。
(まあ、儀式用のマントってこんなものよね。実用性は無視されているもの)
衣装もマントも、威厳を保つためのものだ。あれだけ豪華な衣装に負けることなく着こなしているのは、さすが王子様である。
「なあマリア、マントは別になくてもいいと思わないか」
ぼんやりと見つめていると、ウォレスがマントをつまんで見せながらこちらを振り向いた。
「何言っているんですか。当日、誰が主役かを見せつけるためにも必要ですよ。そのマント、目立ちますから」
銀糸が光を反射してキラキラと輝くのだ。
「そうですよ、殿下。晴れ舞台ですから」
ベレニスも苦笑する。
「だが、婚約式はパーティーも合わせると三時間もあるんだぞ……」
(あー……。三時間、あの重そうなマントを羽織りっぱなしなのは大変でしょうね)
ウォレスに同情していると、ジャンヌが肩をすくめた。
「そんなことを言えば、陛下は日中ずっとマントを羽織られていますよ」
ウォレスが嫌な顔をした。
(うん、あの顔は、自分が王になったら国王のマントを廃止しようとか思っていそう)
ウォレスに好きにさせると、廃止される儀礼などが大量に出そうだ。
衣装確認が終わり服を着替えると、ウォレスがこきこきと首を鳴らした。
「衣装はそれでいいだろう。ありがとう」
お針子たちを労って退出させ、部屋の中が「身内」だけになると、ウォレスはぐでんとソファに寝ころんだ。
「行儀が悪いですよ」
ジャンヌの叱責が飛ぶが、起き上がる気配はない。
「甘いものでも食べますか?」
サーラが訊ねると、ウォレスが青銀色の瞳でじっとこちらを見つめてきた。
疲れているというよりは、どことなく拗ねているというか、機嫌が悪そうというか、そんな顔をしている。
「……クイニーアマンが食べたい」
「残念ながら、それはありませんよ」
「……今度、アドフルに頼んでおいてくれ」
「わかりました」
ウォレス所望のクイニーアマンがないので、茶葉を納めている棚に置いてあったフィナンシェを出してやる。
紅茶を淹れて蜂蜜をそばに置いてやると、ウォレスがティーカップに蜂蜜をどばどばと落とす。
そして口をつけて、
「甘い……」
と顔をしかめて言うので、「それはそうでしょうね」とサーラは思わず笑った。
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