祝賀パーティー 3
「パパの誕生日は一月十五日です。イチゴの日と覚えてください」
「……、……はあ」
何と返答するのが正解かわからず、サーラは気の抜けたような返事をした。
シャルの誕生日を祝うためにサヴァール伯爵家へ向かったその帰り道、馬車の中でアルフレッドが唐突に自分の誕生日アピールをはじめたのだ。
さすがにウォレスは同行できなかったので、アルフレッドとそれからオーディロンとともにサヴァール伯爵家へ向かったのだが、二人とも忙しい身なので長時間滞在することはできなかった。
それでも一時間程度、アドルフとグレースとともにシャルの誕生日を祝うことができたのでよしとする。
シャルは一月三日にある近衛の入隊試験の準備で忙しいので、あまり長時間滞在しても迷惑だろう。
「マフラーにはパパ、ラブと入れてください」
「……はあ」
サーラはまた気の抜けた返事をする。
(当たり前のようにプレゼントを要求するのもどうかと思うけど、パパ、ラブって何?)
ちらりとオーディロンへ視線を向けると、必死で馬車の窓にしがみついていた。我関せずというのを体現しているらしい。
「そんな妙な模様の入ったマフラーをどうするつもりですか?」
「もちろん首に巻いて歩くんですよ。養女との関係が良好だと一目でわかるじゃないですか」
いや、怪しいの間違いだろう。
実の娘であっても、そんな妙なマフラーを父親にプレゼントしたりしない。
さてどうやって断ろうかと悩んでいると、「そういえば」とアルフレッドが話題を変えた。
また「いつになったらパパと呼んでくれるんですか?」という意味不明な追及がはじまるのかと身構えたサーラだったが、「不老不死になる方法を知っていますか」と別の意味で意味不明な質問をされて目を点にする。
「……はい?」
「ですから、不老不死ですよ」
「人は老いて死ぬものですが」
「そんなことは知っています」
「……なりたいんですか、不老不死」
「なりたいかなりたくないかというよりは、どういう原理なのかが知りたいので経験してみたいとは思います。で、知っていますか?」
「知るはずないでしょう」
「そうですか……」
アルフレッドがつまらなそうに息を吐いた。
「海を渡った東のある国には、仙人と呼ばれる不老不死を手に入れた人物がいるらしいんですが、聞いたことはないですか?」
「その言葉自体は知っていますけど、本当に不老不死なのかどうかは見たことがないのでわかりませんよ。たぶん言っているだけじゃないですかね。北西の端の国の吸血鬼伝承と同じでしょう」
「吸血鬼?」
興味を引かれたらしいアルフレッドが瞳を輝かせて身を乗り出す。
「それはどういうものですか?」
「詳しいことは知りませんが、人の生き血を……とりわけ若い女性の生き血を好む人間に近い姿をした生き物の話です。犬歯が異常に発達していて、首筋に噛みついて血をすするんだそうですよ。日中は活動できず、夜だけ活動するそうで、生き血を飲み続けることで老いもせず死にもしないとか」
「なるほど、若い女性の血にはそのような効果が」
じっとサーラの首筋にアルフレッドの視線が注がれた。
思わず、サーラは窓に張り付いているオーディロンの腕をひしっとつかむ。オーディロンはまったく頼りにならないが、ここに他にすがれるものはない。
「ありませんよそんなもの」
「そうとは限らないかもしれませんよ。吸血鬼の話で思い出しましたが、西のある国では、若い女性の血で満たした浴槽につかることで永遠の若さが手に入ると信じて実行に移した、貴族女性の物語があった気がします。ちなみに実話です」
「ひっ」
「結局その女性は老いる前に何十人という若い女性を殺害した罪で処刑されてしまったので、本当に老いないかどうかは未だ不明です。気になりますね」
「絶対に試さないでください‼」
「さすがに生き血で浴槽を満たすのは問題ですが……、マリア、パパのためにすこーしばかり協力する気は……」
「ありません!」
「……残念です」
がっかりと肩を落とすアルフレッドは、本気でサーラの生き血を飲もうとしていたように見える。
(本当に、とんでもない養父だわ‼)
「マリア……痛い……」
話よりもアルフレッドに恐怖を覚えたサーラは、どうやらオーディロンの腕をつかむ手にかなりの力を入れていたようだ。
情けない顔でオーディロンが腕を放してほしいと訴える。
「す、すみません」
オーディロンの腕から手を離すと、彼は腕をさすりながら、「さすがにそんなことしようものなら、父上と母上から勘当されるから大丈夫だと思うよ」とフォローを入れた。
「不老不死が手に入るなら勘当されてもいいですよ。永遠の命の前では、人の一生なんて一瞬でしょう? ですから、ね、マリア。パパのために……」
「絶対にお断りします!」
「ちょっとでいいんですよ? 実験ですから」
「ちょっとでも嫌です! 他を当たってください!」
「他を当たったら、犯罪者にされるじゃないですか」
他がダメなのはわかっているらしい。それでサーラならばいいと判断する思考回路が謎だ。
(そもそも、いったいどこから不老不死なんて話題が出てきたわけ?)
どっと疲れはてて、サーラは馬車の背もたれにぐったりと寄り掛かる。
サヴァール伯爵家のタウンハウスから城までそれほど距離はないはずなのに、もう何時間もくだらない話に付き合わされたような気分だった。
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