祝賀パーティー 4

 年が明けて、一月一日。


「やっぱりそっちの青がいい」

「今日はご令嬢にあわせて緑にするんでしょう?」


 祝賀パーティーのための盛装に身を包んだウォレスが、クラバットの色に文句をつけた。

 サーラの瞳と同じ青いクラバットをつけるのだと言ってきかないウォレスに、サーラとベレニスは二人がかりで緑のクラバットを押し付けたのだが、まだ納得してくれないらしい。


 ウォレスが祝賀パーティーでエスコートするのは、ラコルデール公爵令嬢である。

 ラコルデール公爵令嬢の瞳の色は緑で、クラバットをその色に合わせるようにしたのだが、ウォレスはそれが気に入らないようなのだ。


 ラコルデール公爵家は第二王子オクタヴィアン派閥の事実上のトップだそうだ。

 何故なら、第二王子の生母である正妃が、ラコルデール公爵家の出身だからである。

 そんな背景から幼少期から城に出入りしていたラコルデール公爵令嬢は、二人の王子と幼馴染の関係だそうだ。

 年は十九歳。ウォレスよりも一つ下である。

 ちなみに、サヴァール伯爵家はラコルデール公爵家の親戚筋にあたる。アルフレッドの養女となったサーラも親戚になったわけだが、今のところ公爵、公爵令嬢ともに面識はない。


(まあ、貴族はあっちこっちに血縁があるから、親戚でも全員の顔は知らないものだし)


 親戚が養女を取ったからと言って、わざわざ顔見せなんてしない。

 祝賀パーティーにはサヴァール伯爵家も招待されているため、ベレニスはブノアとともに出席する。アルフレッドたち三兄弟もだが、サーラは顔を出さないことにしていた。

 アルフレッドの養女となったので顔を出しても問題ないが、今日は第一王子の正妃レナエルも出席する。念のため出席は控えることにしたのだ。


(それに、ウォレス様がほかの女性のエスコートをしているのなんて見たくないし)


 わかっていても気分がいいものではない。

 だからウォレスたちがパーティーに出ている間、のんびりマフラーでも編むことにした。


 ウォレスのマフラーは編み終えたが、アルフレッドに要求されたものが途中なのだ。

 ちなみに「パパ、ラブ」という奇妙は模様は入れていない。ベレニスに告げ口したところ、あきれ顔で長男を叱ってくれたのだ。マルセルとオーディロンと違って頼りになる。

 ついでにマフラーも諦めてくれればよかったのだが、「娘と良好な関係」アピールのためにマフラーは必須だと言われた。意味がわからない。


「って、ウォレス様何をしているんですか!」


 クラバットの色を諦めたウォレスが、見覚えのある紺色のリボンを胸元に飾る白薔薇の茎に巻きはじめてサーラはぎょっとした。


「せめてこれを持って行く」

「そんな安物のリボンを持って行かないでください!」


 このリボンはいつぞやサーラがマルセル経由でウォレスに渡したものである。

 下町のパン屋の娘が使っていたものだ。王子が使うような品ではない。


「胸ポケットの中に隠れてリボンはわからないからいいんだ」


 そういう問題でもなかろうに。


「ベレニスさん……」

「諦めましょう、サーラ。リボンくらいなら許容範囲です。……それからサーラ、何度も言うようですが、おばあさまと呼んで下っていいのですよ」

「は……はい」


 アルフレッドの養女になったのだから、ベレニスはサーラにとって祖母となる。

 ベレニスはまだ五十前なので、孫というより母と娘の年齢差だと思うが、本人は十七歳の孫ができたというのにいたって平気そうだ。

 というより――


(こういう時の圧は、アルフレッド様を彷彿とさせるわ……)


 さすが母子ということか。

 祖母と呼べというベレニスの笑顔が、「パパと呼びなさい」というときのアルフレッドの表情に重なって見えた。

 ちなみにブノアも、会えばにこにこと「おじいちゃんですよ」などと言ってくる。

 ……もしかしなくとも、サーラはサヴァール伯爵家総出で揶揄われているのだろうか。そんな気がしてならない。


「サーラを一人にするのは心配だから、やはり私は欠席――」

「いけませんよ」


 ここに来てもまだ行きたくないとごねるウォレスに、綺麗なアルカイックスマイルで、ベレニスがぴしゃりと言い放つ。

 ベレニスはサーラとウォレスの関係を知っていて黙認してくれているが、それはあくまで一時の関係であるからだろうとサーラは思っている。

 サヴァール伯爵家はウォレスを擁立している派閥だ。

 彼らはウォレスが王妃にふさわしい女性を娶ることを期待しているし、そうであると信じている。

 今日はその最有力候補とともにパーティーに臨むのだ。ベレニスが欠席を許すはずがなかった。

 サヴァール伯爵家は、サーラにとって味方であるが、サーラの選択によっては敵にも回りかねない存在なのだ。


(ベレニスさんも、アルフレッド様たちも、その日が来たらウォレス様との関係をわたしが精査すると思っている……)


 それは一種の信頼であり、そして有無を言わさない絶対的な圧力でもあった。

 アルフレッドが養父になることを了承した背景には、万が一の時に自分の権限でサーラをどうにかできる立場でありたかったからなのかもしれない。

 サーラとウォレスがうまく関係が精査できなくても、最悪サーラを消し去れば否が応でも離れることになる。


(……あの時の占い師の占い結果は、こう言うことだったりしてね)


 選択を誤れば、どちらかが死ぬ。それは自分だろうと、サーラは今も思っていた。

 選択を間違えればサーラは消される。

 ブノアもベレニスもマルセルも、いい人だと思う。

 けれど貴族だ。

 そして支えているのは、自分たちが次代の王にしたい第二王子オクタヴィアン。

 ……その前では、サーラの命は、軽い。

 サーラは常に、いつ四面楚歌の状態になってもおかしくないのだということを念頭に動かなければならない。


 ウォレスはサーラを守ると言ったが、彼に守らせてはいけないのだ。

 それはすなわち、彼の立場を危うくすることにつながる。

 王子様に守ってもらえるのは心強いが、それで彼に不利益は被らせたくない。


「殿下、一人ではありませんよ。殿下がお兄ちゃん……シャルを呼んでくれたじゃないですか」


 今日はマルセルも出払うので、心配したウォレスが護衛としてシャルを呼びつけた。

 本来部外者がおいそれと立ち入れる場所ではないが、今日のパーティーに出席し明日から侍女に復帰するサヴァール伯爵家の長女、ジャンヌ・カントルーブの護衛役として連れて来させたのだ。

 ジャンヌがパーティーに出席している間、サーラの側に待機させておくというのである。


 ジャンヌとは、サーラがサヴァール伯爵家に滞在していた際に面識があるが、姉御肌の気やすい女性だった。二十六歳で、アルフレッドのすぐ下の妹だが、あのアルフレッド相手にも堂々と意見の言える頼もしい女性である。

 三兄弟の力関係は年功序列のようだが、ジャンヌに関しては例外らしい。

 ベレニス然り、サヴァール伯爵家は女性の方が強いのかもしれない。


「そうだが、しかし……」

「シャルは殿下のお眼鏡にかなったのでしょう?」


 お眼鏡にかなうどころか、実力を測るためにマルセルと手合わせした結果、シャルはマルセルと引き分けた実力者だ。サーラもまさかシャルの腕がそれほどとは思わずに驚いたものである。

 アドルフは満足そうな顔をしていたが、手加減していないのに勝てなかったとマルセルは愕然としていた。

 しかも、勝負は剣だったが、アドルフ曰く、シャルは体術の方が得意らしい。


(つまり何でもありにしたら、たぶんお兄ちゃんが勝っていたのよねえ……)


 マルセルは認めたくないだろうが。

 二人の勝負を見ていたブノアは、あの実力なら、入隊後に功績を上げて自力で準騎士、騎士の位を得てしまいそうだと笑っていた。

 元貴族であるシャルは、もちろん教養面でも問題ない。

 明後日の近衛の入隊試験はあっさりパスしてしまうだろう。


「君がシャルばっかり頼りにするのが気に入らない」

「何言ってるんですか」

「私だって、そこそこ強い方だぞ」

「王子殿下が侍女の護衛なんて聞いたことがありませんよ。はいはい、無駄口叩いていないで、髪を整えるので座ってください」

「君がするのか?」

「……ベレニスさんの方が綺麗にできると思いますけど」


 ちらりとベレニスを見れば、肩をすくめて笑っていた。ウォレスの望みをかなえてやれということらしい。

 ソファに座らせて、整髪料で髪を整えていく。

 普段は櫛で梳かしただけの艶やかな黒髪を、後ろに撫でつけるようにして整えた。それだけでかなり雰囲気が変わるから不思議なものだ。


「はい。どこからどう見ても王子様です」

「私は普段も王子なんだが……」


 何とも解せない顔でウォレスが口をとがらせる。


(普段のウォレス様はわたしの中では『ウォレス様』だからね)


 ウォレスが王子なのはわかっているが、最初はそうと知らずに関わっていたので、どうしても普段の彼は王子ではなく「ウォレス」として見てしまう。

 けれど、盛装し、髪を整えたウォレスは「第二王子オクタヴィアン」だ。

 何が違うのかと言われると明確に伝えにくいが、そんな気がする。


「お城の玄関までラコルデール公爵令嬢を迎えに行くのでしょう? のんびりしているとご令嬢を待たせてしまいますよ」

「私がいなければさっさと一人で会場入りするような女だぞ」

「そんなことになれば笑われるのは殿下です。さ、行ってらっしゃいませ。ベレニスさんも準備があるので、殿下が出かけてくれないと困るんですよ」


 むーっと眉を寄せたウォレスが、「もう少し妬いてくれてもいいのに」などと文句を言うが、サーラが嫉妬して拗ねたら困るのは彼の方だ。


(別に、妬いてないわけじゃないのに)


 ウォレスがほかの女性とパーティーに行くと知ってから、ずっと胸の奥が痛い。

 それが将来彼の妻になる可能性の高い女性ならばなおのことだ。

 しかしそれを顔には出してはいけない。

 サーラとウォレスは割り切った関係。

 恋人どうしてありながらそこには明確な線引きがあって、それを崩すようなことをしてはならない。

 ――そんなことをすれば、自分の感情の制御が難しくなるからだ。

 感情を押しとどめる防波堤が壊れれば、どうしても思ってしまう。

 ずっと、そばにいられないのか、と。


(わたしを、みじめな女にしないで)


 泣いて縋り付いてそして捨てられる女になんてなりたくない。


 渋々立ち上がったウォレスの背中を、サーラはポンと押す。

 拗ねて子供のようだった顔が、その瞬間きりりと引き締まったのを見て、やはりウォレスは王子様だなと思った。




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