祝賀パーティー 2

「殿下……見られていたら集中できないんですが」

「ウォレスでいい。今は誰もいないからな」


 一度侵入を許してしまうと、もはや止める手立てはない。

 夜になって、ウォレスは内扉を使って堂々とサーラの部屋にやって来た。

ベッドのフットベンチに腰かけてマフラーを編んでいたサーラの隣に腰を下ろすと、じーっと手元を覗き込んでくるので落ち着かない。


 サーラが今編んでいるのはシャルのマフラーだ。シャルへのプレゼントの方から編まなければ誕生日当日に間に合わないからである。

 毛糸はベレニスがすぐに用意してくれて、シャルのマフラーは薄い灰色で編むことにした。凝った模様を入れると時間が足りなくなるので、シンプルなマフラーである。

 ちなみにウォレスは青がいいというので青い毛糸にしたが、冬空の下では寒々しい感じがするのではないかとちょっと心配だ。


「器用なものだな」

「冬になると編み物をする機会が増えるんで、慣れているんです。例えば靴下とか、セーターとか、あとひざ掛けとか、防寒のためにいろいろ編みますから」


 買うと高いので、自然と毛糸を買って編むようになる。

 それでなくとも、冬は冬支度で何かと入用になるので、無駄遣いはできないのだ。


「シャルにも編んだのか?」

「シャルだけじゃなくて、お父さんのものも。お母さんと一緒にいろいろ作るんです」

「いろいろ、ね」


 少し声を低くしたウォレスが、何を思ったのか急にサーラを膝の上に抱き上げた。

 危うく網目が飛びそうになったサーラが「なにをするんですか」と抗議の声を上げたが、ウォレスは知らん顔でサーラを膝の上に座らせると、ぎゅうっと腰に腕を回す。


(……今日はよく拗ねるわね)


 シャルの誕生日を祝うのがそんなに気に入らないのだろうか。

 なんとなく焼きもちを焼いている気がするが、シャルは兄である。焼きもちを焼く対象ではなかろうに。

 肩に顎を乗せて、すり、と頬が寄せられる。

 甘えん坊になったウォレスに、サーラはマフラーを編む手を止めた。


「お望みなら作りますけど、素人が編んだものですから凝ったものは作れませんよ?」

「君の手作りならそれでいい」


 サーラの手作りに何故こだわるのかは知らないが、本人がいいのならば作るのは別に構わない。


「じゃあ、お兄ちゃんのを編み終わったら作りますから、そろそろ放してください。編みにくいです」

「もう少し。……昼は堂々とくっつけない」

(まあ、主人と侍女だからね)


 しかし、昼であっても、主人と侍女の距離よりはだいぶ近いと思う。もう少し主従らしい適切な距離感でいたほうがいいのではなかろうか。

 一応、二人の関係性を知らない人間がいる前では、ウォレスはサーラをきちんと侍女扱いしているが、あまり親密な空気を出していると怪しむ人も現れるはずだ。


(って、そんなことを言ったら拗ねるのはわかっているから言わないけどね)


 せっかく機嫌が直ったのだ。わざわざ不機嫌にさせる必要はどこにもない。

 背後のベッドがちょっと気になるが、ウォレスはキス以上のことをサーラには求めない。

 いつか別れるとわかっているからだろう、彼はサーラと一線を越える気はないようだ。だからドキドキはするが安心していられる。


「そういえば、年明けに祝賀パーティーがある」

「ベレニスさんから聞きました。一月一日の夜ですよね」


 マフラーを編むのを再開しつつ、サーラは頷く。

 祝賀パーティーは城で開かれ、国中の貴族に招待状が配られる一年で一番大きなパーティーだ。


「……今年は、ある令嬢と一緒に参加するように言われた」


 ウォレスが言いにくそうに続けると、サーラは手を止めた。


「そう、ですか」


 第一王子セザールが結婚したのだ。第二王子の相手が決められるのも、そう先のことではない。

 祝賀パーティーでウォレスのパートナーとして参加するのならば、その令嬢がウォレスの結婚相手の最有力候補だろう。

 はあ、とウォレスの吐息が首筋にかかる。


「参加したくない……」

「そうはいかないでしょう?」

「そうだが、嫌だ」

「嫌な相手なんですか?」

「嫌ではないが……好きでもない。ただの幼馴染だ」


 王子の幼馴染ということは、相当身分の高い女性だろう。まあ、結婚相手の最有力候補の時点で身分が高いのは間違いないだろうが。


「私は君が好きだ」

「……はい。わたしもウォレス様が好きですよ」


 だが、確実にカウントダウンははじまっている。

 祝賀パーティーでその令嬢をパートナーにしろと指示が出たということは、婚約の準備がはじまったとみていいだろう。

 あの、どのくらい時間が残されているのか、サーラはわからない。


 頬に手が添えられて、ぐいっと引き寄せられる。

 そして降って来たキスは、少しだけ強引だった。




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