決断 2
フィリベール・シャミナードという人物を、サーラは知らない。
ただ、サーラがまだディエリア国にいたとき、シャミナード公爵家の次男は体が弱く、長く生きられないかもしれないという噂を聞いたことはあった。
(その、シャミナード公爵家の次男が、セレニテ?)
頭の中が、真っ白になる。
シャミナード公爵は、サーラにとって忘れたくても忘れられない過去を思い出させる名だ。
サーラの両親を処刑した、敵である。
両親は冤罪であったと信じているサーラは、シャミナード公爵こそが、両親をはめて殺害した人間だと、そう思っている。
そんなシャミナード公爵の次男が、今、レナエルとともにこの国にいる。
「……何故?」
「調べさせたところ、療養のためにこの国に来たことになっていた。セレニテ……いや、フィリベールはおそらく色素欠乏症という病気だ。それを治す方法はないが、ディエリア国よりもヴォワトール国の方が幾分か医療が発展しているから、というのが表向きの理由だそうだ」
「表向きということはほかにもあるんですよね」
「……レナエルが、フィリベールにべったりらしい。フィリベールがこの国に同行したのは、レナエルが兄と離れたがらなかったからだと聞いた」
「そんな理由が通るんですか?」
「だから、表向きは療養ということになっている。……兄上も、違う国に嫁いで心細いだろうからと、フィリベールがしばらく滞在することを許可したらしいしな」
サーラはあきれたが、夫である王子が許可を出したのだから問題がないのだろう。
「その、妹のためにこの国に来たフィリベールが、神の子を名乗って下町をうろうろしているんですか? わたしを探していたのだって……」
「はっきりとは私もわからないが、仮説を立てることは可能だ」
「それは?」
「フィリベール、またはシャミナード公爵かもしれないが……、サーラ、君がこの国にいることを知って、口を封じようとしたとは考えられないか? サーラの居場所を探すために、下町で活動していた。どうだ? 贋金騒動を起こしたのも、贋金という単語に君が食いついてくるかもしれないと考えたとすれば納得がいく。君の両親は、贋金鋳造の罪で処刑された。それが冤罪だと信じている君なら、もしかしたら贋金騒動を起こせば釣れるかもしれないと考えたとすれば?」
「さすがにそれは無理があるんじゃ……」
「だが、それ以外に納得いく理由が思いつかなかった」
確かにそうだ。
セレニテがフィリベール・シャミナードであるならば、彼の行動は不可解すぎる。
何故、神の子を名乗ってあちこちで「奇跡」という名のトリックを披露して回ったのか。
何故、サーラを探していたのか。
そして、セレニテが鋳型を作った少女を村に置く入り届けた人物であり、贋金の一件に関与していると仮定した場合になるが――、何故、贋金騒動を起こしたのか。
そのどれもが謎で、この三つに一連の動機があるかどうかもわからない。
だが、ウォレスが仮定したように、そのすべてがサーラを探すためにしたことならば、確かに納得がいく。
多少意味不明ではあるが、例えば下町をうろうろしていたのは、サーラ本人、もしくはサーラを知る人間を探すためだったとすれば、「奇跡」などを起こして人を集めたほうが効率的だろう。
サーラを探していた理由は、例えばサーラの両親の件を蒸し返されたくなかったのだとしたらどうだろう。
レナエルが嫁いだあとであっても、実家に何かきな臭い噂でも立とうものなら、彼女の立場が悪くなるかもしれない。
もしシャミナード公爵がサーラの両親であるプランタット公爵夫妻を陥れて処刑を強行したとわかれば、最悪、レナエルが離縁される可能性だってあるだろう。
ディエリア国でももちろん、シャミナード公爵家は罪に問われる。
当時子供であったからという理由で処刑できなかったプランタット公爵家の生き残りが、今になった邪魔になっても、何ら不思議ではない。
もちろん多少の不可解さは残るが、今のところウォレスの仮説が一番しっくりくる。
「セレニテと、他の男たちがグルであるかどうかはわからないが、今は最悪な状況を想定して動いた方がいい。つまりまだ、君を害そうとしている人間はいるということだ。ポルポルにいることは知られてしまった以上、君はもうあそこにはいられない」
「……やっぱり、引っ越すしか」
「だから、ダメだと……あ、いや、引っ越すのはありだが遠くに行くのはダメだ」
「近かったら意味がないじゃないですか」
「そんなことはない。むしろ、名案がある」
ウォレスはニッと笑って、サーラの髪をひと房取ると、ちゅっと口づけを落とした。
「サーラ。君、私の侍女にならないか?」
――それの何が名案なのか、サーラにはさっぱりわからなかった。
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