お酒の日 3

「結構食べたな」

「そうですね」


 目についた露店へ向かってはウォレスと買い食いを続けたサーラは、心なしか膨らんだように思える腹を撫でて頷いた。

 白熊亭のスープと肉団子からはじまり、ソーセージ、ミートパイ、ゆでた芋をベーコンと玉ねぎとチーズで炒めたタルティフレット。口直しにトマトスープを飲んで、今は食後のホットワインを片手に菓子屋パレットの露店へ向かっていた。


「外でこんな風に買い食いをしたのははじめてだが、なかなか楽しい」

(ま、王子様は普通しないわよね。というか、周りに止められるでしょうし)


 それを許してしまうマルセルもなかなかすごい。

 マルセルはというと、一定の距離を保ちながら後ろをついてきつつ、目についた露店で食べ物を買っては口に入れていた。


「あ、ウォレス様~! サーラもいらっしゃい!」


 パレットの露店へ向かうと、リジーがにこにこしながら迎えてくれる。

 並んでいるのはサバランと、ジンジャークッキー、あとはウォッカにレモンを漬け込んだお酒だった。砂糖もたっぷり入っているのでなかなか甘い酒で、だいたい水や湯で薄めて飲む。

 寒いからと、その酒の湯割りを飲みながら仕事をしていたらしいリジーの顔は、ほんのりと赤くなっていた。少し酔っているようにも見えるが、酒祭りの日は多少酔っていてもご愛敬で許される。


「リジー、サバランを二つ」

「オッケー! そこで食べなよ」


 そう言って、リジーがサバランを二つ、露店の隣に作っている飲食スペースのテーブルに置いてくれる。ウォレスが銅貨十枚を手渡した。


「お母さん、ちょっと休憩ね!」


 一緒に店番をしていた母親にそう言って、リジーがレモン酒の湯割りを持って飲食スペースまでやって来る。


「どう、忙しい?」

「売れ行きは悪くないけど、忙しいってほどでもないかな~。ま、お祭りがにぎわうのは夕方から夜にかけてだからね、これから忙しくなると思うよ。ウォレス様は、はじめてのお祭りはどうですか?」

「楽しんでるよ。出し物もあるんだろう? これから見て回ろうと思っているんだが」

「ありますよ! えっと、四番通りの近くにイベント会場があるんです。時間帯によって何をしているか変わりますけど……ちょっと待ってくださいね!」


 リジーは一度立ち上がって、一枚の紙を持って来た。

 イベント会場の予定表のようだ。そんなものがあったなんて知らなかった。


「これからなら、えっと……二時から演奏会がありますね。三時からは大道芸人のショーがあって、三時四十五分から劇があります。五時からは宝さがしゲームがありますよ! 七時からはまた大道芸人のショーで、七時四十五分から別の楽団の演奏会ですね」

「宝さがしゲームか。楽しそうだな」


 ウォレスが、また妙なものに食いついてしまった。


「宝を見つけた人はちょっといいお酒がもらえるみたいですよ」


 平民にとっての「ちょっといいお酒」なんて、ウォレスが興味を持つものではないはずなのに、彼は目をキラキラさせている。

 この様子だと、間違いなく参加したがるだろう。

 リジーが「あげるよ」とイベント会場の予定表を譲ってくれた。

 サバランを食べ終え、リジーに礼を言って立ち上がる。


「さて、五時まで何をするかだな……」

(五時の予定は、宝さがしゲームで決まりなのね)


 これは、口に出して確かめる必要もないだろう。顔に書いてある。


「演奏会や大道芸人のショーを見てもいいが、もう少し露店を見て回るのも面白そうだ」

「そうですね。イベント会場以外にも、出し物をしている露店もあるみたいですし」

「そういえばさっき、カード占いの店があったな」

「行きますか? 占いなんて当たりはしないと思いますけど……」

「夢がないな」


 ぷっとウォレスが笑って、「せっかくだし行ってみよう」とサーラの手を引いた。

 食べ歩きをしているときに見かけた占いの露店へ行くと、なかなか繁盛しているようで、十名ほど列ができている。

 一人だったりカップルだったりするが、その表情は皆、好奇心に輝いていた。

 冷めた顔で占いをしに来る人間なんてサーラくらいかもしれない。


(わざわざ占わなくても、この先のことなんてわかるし)


 サーラはウォレスが結婚するタイミングで彼と別れて、あとはパン屋で店番をするだけの人生を送るのだ。

 もともと誰とも結婚するつもりはないので、「ウォレスと付き合う」ということがそもそもイレギュラーなことなのだ。

 ウォレスとお別れをする日を想像すると胸が痛いが、逆に、今は一時の幸せをもらえているのだと思うようにしている。


 ウォレスとサーラでは身分が違いすぎるので、どうしようもないことなのだ。

 そして罪人の娘として身分を剥奪されたサーラは、ひっそりと生きていくしかないのである。

 それが誰にも迷惑をかけない方法だ。

 今はただ、できるだけ長い間ウォレスと一緒にいられたらいいなと、そう思うばかりだった。


 占いを待つ列の最後尾に並んで、テントのような形をしている露店を見る。

 外からでは中がどうなっているのかわからないが、占いを終えて出てくる人は、顔を紅潮させていたり落ち込んでいたりと、その表情はまちまちだ。


「何を占ってもらうつもりですか?」


 占いに来たはいいが、ウォレスは何が知りたいのだろうと思って訊ねると、彼は茶目っ気たっぷりに片目をつむった。ウインクが様になる男もなかなかいないだろうと、妙な感心をしてしまう。


「もちろん、二人のことだ」

「…………それは、必要ですか?」

「必要だろう?」

(何故?)


 未来は決まっている。

 それなのに占う必要があるだろうか。


「サーラ、こう言うのは楽しんだもの勝ちだ。いい結果が出たらわくわくするだろう?」

(いい結果が出ても、何も変わらないのに?)


 虚しくなるだけのような気がするのはサーラだけだろうか。

 一緒にいられないことがわかっているのに、例えば占いで「ずっと一緒にいられます」なんて言われたら、サーラはどんな表情をしたらいいのかわからない。

 ウォレスがもし王になれば、正妃以外にも妃が持てる。愛妾を持つことも可能だ。

 けれどもサーラは、妃や愛妾にはなれない。なってはいけない。サーラがサラフィーネ・プランタットだと周囲に知られたら、ウォレスが困るからだ。さすがに、罪人の娘を王が妃や愛妾にするのは憚られる。


 だからどうあっても別れなければならない。

 ウォレスだって、わかっているだろうに。


「サーラ。私は今が楽しい。そして占いでいい結果が出れば、気休めでもやっぱり嬉しい。それではダメか?」


 余計なことを考えるなと、ウォレスは暗に言う。

 未来でどうなろうと、いい思い出があるに越したことはないと、そういうことだろうか。


「そうですね」


 先のことなど何も考えず、占いの結果に一喜一憂するのもそれはそれで一興かもしれない。

 サーラは、笑いながらテントから出てきたカップルを見て、ちょっとだけ前向きに考えてみることにした。



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