変化 4
レストランは、西の二番通りにあった。
最近できた新しいレストランらしいが、貴族街に近いあたりの店事情には疎いので、新しい古いと言われてもサーラにはどれも同じに見える。
昼食時で混雑していたが、事前予約済みなのですぐに三階の個室に案内された。
二人だけの個室なのに、中はとても広くて、テーブルも大きい。
コース料理らしく、席に座ってしばらくすると、ドリンクと前菜が運ばれて来た。
見た目にもこだわった美しい前菜で、サーラは思わず見入ってしまったが、常にいいものを食べている王子様には物足りないはずだ。
けれどもウォレスは、残念そうな顔などせずに、ただ楽しそうに目を細めていた。
運ばれて来たドリンクは軽めの赤ワインで、口直し用に水も置いてある。
弱い方ではないが、普段あまりアルコールを飲まないサーラは少しためらった。
だが、せっかく用意してくれたものに口をつけないのも失礼だろう。
(一杯だけならまあ、酔わないだろうし)
ワイングラスに口をつけると、ほんのりと甘い味がした。渋みはほとんど口に残らず、フルーティーな香りが鼻から抜けていく。
「……美味しい」
思わずつぶやくと、ウォレスがホッとしたように息を吐いた。
「口にあったようでよかった。あまり寝かせていないフレッシュなワインらしいよ。ああ、本当だ。これは飲みやすくて美味しい」
ワインを口にし、料理を一口食べる。
(まったく、毒見もせずに口にする王子様なんていないでしょうに)
パン屋でもそうだが、ウォレスはもう少し食べ物に気を配った方がいい気がした。
そのためにサーラが最初にワインに口をつけたのに、サーラが食事を口にする前に食べてしまうなんて信じられない。
いくら平和なご時世であっても、王子なんて、いつどこで誰に命を狙われるかわかったものではないのに。
「食べないのか?」
「いただきますけど……、ウォレス様は口にするものにもう少し慎重になるべきだと思っただけです」
「ああ。そういうことか。心配しなくとも、毒には慣れている」
さらりと言ったウォレスに、サーラはぎくりとしてナイフとフォークを持った手を止めた。
驚愕が顔に出ていたのだろう、ウォレスが肩をすくめる。
「毒には慣らされるんだ。特に私の場合、その、どっちが継ぐかまだ決まっていなかったからな。兄と私は両方とも毒に慣らした」
「……いつから」
「八歳だったと思うが、あまり覚えていない。はじめて毒を口にした時は高熱を出して丸一日昏睡状態だったらしいからな。どうも私は体質的に毒がききやすいらしい。慣らすのには苦労した」
(そんなこと……笑って言うことではないでしょうに)
何でもないことのように笑顔で話すウォレスが信じられない。
硬直したように動けなくなったサーラを見て、ウォレスが肩をすくめる。
「そう驚くことでもないだろう。父もそうしたと聞いた。……ほら」
自分の皿にあった根菜のソテーを、ウォレスがフォークに刺してサーラに差し出した。
食べろ、と言われているようだ。
サーラはぎこちなく、ウォレスと、フォークに刺さった野菜を見る。
「……自分のものがありますけど」
何とか声を絞り出したが、口の中がカラカラに乾いていた。
ウォレスが笑って「いいから」という。
なにが「いいから」だ。
でもなぜか断れなくて、サーラがおずおずと口を開けると、口の中にバターでソテーされたニンジンが入れられた。甘くて美味しい。
「美味いか?」
そう言って笑うウォレスが何だかとても眩しくて、サーラはうつむいて小さく頷いた。
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