変化 5
昼食を取り終えると、今度は劇場に連れて行かれた。
と言っても、下町で上演されているのは貴族街で公演されるような格式あるオペラなどではなく、大衆劇だ。
ウォレスは逆に大衆劇をはじめて見るようで、子供のようにわくわくと瞳を輝かせている。
かくいうサーラも、昔一度だけ家族で観たことがある以来なので、ちょっと楽しみだ。
劇場はそれほど広くはないが、二階には個室が作られている。
もちろん、ここでもウォレスは個室を予約していた。
(さっきのワインに酔ったのかしら。なんだかちょっと熱いわ)
ウォレスに手を握られているのも理由の一つかもしれない。
彼は劇場に入ってからずっとサーラの手を握っている。
個室のソファ席に座った後も、ずっとだ。
飲み物や食べ物があれば手を離す口実になるのだが、残念ながら下町の劇場にはそんなサービスはない。
(この人は本当に、わかっているのかしら)
サーラは平民。
ウォレスは第二王子オクタヴィアン。
そこには歴然とした身分の開きがある。
それなのにどうして彼は、こんな風に距離と詰めようとするのだろう。
そしてどうしてサーラも、強く拒絶できないのか。
「サーラ、ほら、はじまるみたいだ。幕が上がった」
こちらを見て微笑む顔は、いつも見る顔よりも少しだけ子供っぽく見える。
「推理物のようだ。サーラ、どっちが犯人を当てられるか勝負しないか?」
「劇は犯人を当てて遊ぶようなものではないでしょう?」
「いいじゃないか、面白そうだ」
まったくもう、と肩を落とすも、やる気になっているウォレスに水を差すのは悪い気がした。
「早く当てた方が勝ちなんですね。答えの変更は何回までですか?」
「一回だ」
「一回ですね。わかりました」
ちょっぴりあきれたが、逆にこれはサーラにとっても都合がいいかもしれない。
劇に集中すれば、掴まれている右手の熱が気にならなくなるかもしれないと思ったからだ。
舞台に視線を落とすと、劇がはじまって少しして、「きゃーっ!」と女優が金切り声を上げる。
劇の舞台は、とある伯爵領。
冒頭で領主である伯爵が血を吐いて倒れ息を引き取る。
死因は毒殺。
いったい誰が伯爵を殺したのか、という推理劇だ。
この脚本を書いたのは貴族に詳しくない平民のようで、ところどころ首を傾げたくなるところも多かったが、それを除けば物語はなかなか面白い。
ウォレスよりも早く犯人を当てるべく、サーラが真剣に劇を観ていると、突然、右の手の甲がくすぐられた。
びくりとして視線を落とすと、ウォレスが何食わぬ顔で劇を観ながら、指先でサーラの手の甲を撫でている。
(何をして……っ)
かあっとサーラの顔に熱がたまった。
一瞬だけ流し目を送って来たウォレスが、わずかに口端を持ち上げる。
抗議するために睨んだが、ウォレスはすぐに視線を劇に戻す。
手はしっかりとつかまれているから振りほどけない。
おかげでサーラは、幕間まで劇にちっとも集中できなかった。
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