誕生日の翌日 2
空が濃いオレンジ色に染まったころ、リジーがポルポルにやって来た。
クローズの看板を掲げていたサーラは、母のグレースからあとは代わりにやっておくと言われて、リジーと連れ立って北へ向かって大通りを歩いていく。
向かうのは、貴族街に近い当たりの店だ。
贈る相手がウォレスなので、南門に近い当たりの店で買ったものは渡せない。
「リジーは結局何にするの?」
「カフスボタンにしようかなって思ってるんだよね~。あの高そうなドレスをくれた方へのプレゼントだってお父さんとお母さんに言ったら、このとおり、軍資金くれたんだ~!」
リジーが銀貨が十枚ほど入った財布を見せて、にやりと笑う。
(ちゃっかりしてるわ)
自分のお小遣いの不足分を両親からせしめたリジーに、サーラは苦笑いだ。
あんまり遅くなると店の閉店時間になるので、サーラとリジーが速足で大通りを進んでいると、リジーがそういえばさあ、と少しだけ息を乱しながら言った。
「ルイスから聞いたんだけど、一番通りに近い大通りのあたりにさ、『神の子』が現れるんだって」
「なにそれ」
サーラは目をしばたたいた。
「何でも奇跡を起こすらしいよ~。滅多に現れないからさ、ルイスもまだ見たことがないらしいんだけど、知り合いが見たって」
「奇跡?」
リジーはまた妙な情報を仕入れたようである。
奇跡が起こせるだなんだと言う人間は、基本的にペテン師だ。
「まさか会ってみたいとか言わないよね?」
「え? もちろん会ってみたいよ! だって奇跡だよ? サーラは興味ないの」
「全然」
「神様の子だよ?」
「どこの神様の子よ」
少なくともヴォワトール国の神殿で祀られている神には子はいない。
神は絶対で唯一で不老不死であり、その肉体は大地と空である。ヴォワトール国で多く信仰されている神はそのような存在だ。子がいるという記述はどこにもないし、神に子がいて、それが地上を闊歩しているなんてことになれば大問題である。
(そんな存在が本当にいたら国家がひっくり返るわ)
神は王の上に存在する。つまり神の子もそうである。
絶対王政であるヴォワトール国に、王より上の存在が、当たり前のように生きていてはならない。
リジーは「んー」と首をひねった。
「知らないけど、きっとどこかの神様の子よ」
何とも適当な回答であるが、リジーもヴォワトール国で信仰されている神の子ではないとは思っているらしい。
多神教を信仰する国では、神が子をなし、その子がさらに神を名乗り、複雑な神の世界が構築されているものがある。おおかた異国のどこかの神の子を名乗っているのだろうとリジーは思っているのだろう。
「自分で神の子を名乗るほど胡散臭いものはないわ」
「でも奇跡だよ? 奇跡なんて神様でないと起こせないじゃん」
「それが本当に奇跡だったらね」
「奇跡だよ! だって死んだ人を生き返らせたんだから!」
「……なんですって?」
サーラは足を止めた。
リジーがサーラより散歩進んだ先で振り返る。
「それ本当なの?」
「ルイスが、友達から聞いたんだって。そのルイスの友達は、実際に神の子が奇跡を起こすときに居合わせて、その目でしっかりと死んだ人が生き返るのを見たって言っているよ?」
「そんな馬鹿な!」
「ね? 奇跡でしょ?」
確かに、死んだ人間を生き返らせた、と言うのが真実ならば奇跡以上に適当な言葉はないだろう。
現実に死んだ人間を蘇生させるなんてことは不可能だ。
(もしそれが本当なら……)
サーラの脳裏に、処刑された実の両親の顔が浮かび上がる。
処刑され、首と胴体が分かれて、さらにその肉体が滅んだ後でも、その奇跡は有効なのだろうかと考えてしまった。
足を止めたまま考え込んだサーラを、リジーが「早くいかないとしまっちゃう」と急かす。
「あ、ごめん」
サーラは再び速足で歩きだしながら、リジーの言葉を何度も何度も考えた。
(死んだ人を……生き返らせる…………)
神の子はいない。
奇跡なんてない。
そう否定する一方で、心の中の別の自分が、淡い期待を抱きそうになる。
サーラはその期待を、首を横に振ることで頭の中から追い出して、そんなことはあり得ないのだとしつこいくらいに自分に言い聞かせた。
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