誕生日の翌日 1

 国王の誕生日は、生誕祭を大々的に祝うので平民にも広く知られているが、王子の誕生日はそれほどでもない。

 ましてや、王子が「王子」と知らずに関わっている人間にとっては、その人物が誕生日だったなど知る由もない話だ。


「え⁉ ウォレス様、今日が誕生日なの⁉」


 十時六分。

 暇になる時間帯を見計らってパン屋ポルポルにやって来たリジーは、サーラからウォレスが今日誕生日だと聞かされて驚愕した。


「どうして教えてくれなかったの⁉ 今からじゃプレゼントを用意する時間がないわ!」

「それなら、たぶん今日は来ないと思うから、今度会ったときに渡したらどう?」

「どうして今日は来ないってわかるの?」

「……勘、かしらね」


 サーラは笑って誤魔化したが、理由はきちんとある。

 ウォレスの正体はこのヴォワトール国の第二王子オクタヴィアンである。

 平民には王子の誕生日が浸透していなくとも、貴族の間ではそうではなかろう。

 ましてや城の中ともなれば、今日は一日お祝いムードのはずだ。誕生日のパーティーが開かれることも想定できる。

 つまり、ウォレスは今日一日とっても忙しいのだ。下町のパン屋にふらりと遊びに来る余裕はないはずなのである。


「なんかあたしよりサーラの方がウォレス様のことをたくさん知ってて悔しいけど、そういうことなら今日買いに行けば間に合うわね!」


 何を買いに行くつもりか知らないが、リジーは気合を入れるように拳を握った。


「ねえ、サーラは何を買ったの?」

「何も買ってないけど……」


 何故当たり前のようにウォレスへのプレゼントを用意していると思っているのだろう。

 サーラが答えると、リジーは目を剥いて、カウンターに両手をついた。


「はあ⁉ 何してるのサーラ! 用意しないとダメじゃない!」

「なんで?」

「なんでって、ウォレス様はお得意様だよ⁉」


 その理屈では、お得意様には全員誕生日プレゼントを用意しなければならないことになるが、リジーのところはそうしているのだろうか。


「リジーのところはお得意様全員にプレゼントを配るの?」

「まさか」

「……じゃあ、なんでウォレス様に必要なの?」

「それはウォレス様だからよ! ウォレス様にはこれまでよくしてもらったじゃない!」

「ヨクシテモラッタ?」


 つい、片言になってしまった。

 思い返す限り迷惑をかけられたという表現が一番正しい気がする。

 サーラが首をひねっていると、リジーが半眼で睨んできた。


「忘れたの⁉ パーティーのときなんて、それはもうお世話になったでしょ!」

(あれはお世話になったって言うのかしらね……)


 ただ巻き込まれて、着飾られて、パーティーに連行された、というのがサーラの認識だ。

 そりゃあ、ドレスもアクセサリーも靴も化粧品も全部プレゼントされたが、サーラが望んだことではない。

 しかし、パーティーに行きたかったリジーにとっては、ダンスレッスンをはじめ、それらの準備をすべてしてもらったことは、とても大きな恩になるのだろう。


(とはいえ……、うーん、わざわざ誕生日を教えられて無視するのは、感じが悪いかしらね)


 春にもらったプレゼントの嫌な思い出があるからか、「どうしてわたしが」と思わなくもなかったけれど、リジーの顔も怖いし、ここは妥協しておくべきかもしれない。

 しかし、プレゼントなんて、何を用意していいのかがわからなかった。何と言っても、相手はこの国の王子様である。


(お兄ちゃんには服とか靴とか、あとは何を上げたかしらね……)


 シャルの誕生日には、決まって実用品をプレゼントしている。

 うーんと首をひねったサーラは、自分のお小遣いの中で買えるもので、なおかつ王子のプレゼントとしても悪くなさそうなものはないだろうかと考えた。


(高級品でも、ハンカチくらいなら買えるかしら? それに刺繍でも入れれば、それなりに心のこもったプレゼントに見えるかしらね?)


 元貴族令嬢であるサーラは、教養として七歳のころから刺繍を習っていた。

 今でもボタン付けや、シャルのハンカチにイニシャルを刺繍したりしているので、頑張ればそれなりのものが作れるはずだ。たぶん。


「わたしが持っている糸だと安物すぎるから、糸もついでに買わないとダメね」


 ぶつぶつと呟くと、リジーがずいっと身を乗り出してくる。


「何にするか決めたの⁉」

「うん、まあ……」

「なに? なになに?」

「ええっと、ハンカチに刺繍を刺してプレゼントしようかと……」

「刺繍……」


 がっくり、とリジーが肩を落とした。


「……裁縫の腕がうらやましいわ」

「リジー、苦手なんだっけ?」

「あたしに針を持たせたら、縫い終わる前に布が血染めになるのよね」


 いったいどれだけ針で指を指せば、血染めになるのだろうか。


「お母さんがそんなんじゃお嫁にいけないなんてひどいこというんだけど、うまくお金持ちに嫁げば、自分で繕い物をする必要ないよねえ⁉」

「ないかもしれないけど……ええっと、お金持ちはお金持ちで、裁縫の腕が必要となることもあると思うよ」

「どういうこと?」

「お金持ちは、ほら。貴族のまねごとをして教会のバザーとかに出品したりするから……。小物を作ったり、刺繍をしたり、ね」

「盲点‼」


 リジーがカウンターに突っ伏した。


「どうあっても裁縫からは逃げられないってこと⁉」

「ま、まあ……メイドさんにやってもらうっていう方法も」

「それだ!」


 リジーががばっと顔を上げた。


「メイドさんを雇ってるくらいのお金持ちを探せばいいのよ!」


 そう上手く運ぶとは思えなかったが、黙っておくのが華だろう。


「ねえねえ、ハンカチと糸を買いに行くなら一緒に行こうよ~」

「いいけど、店を閉めた後で行くから、夕方になるよ?」

「夕方でいいよ。……あたしも、あんまり店番をさぼっていると、お母さんがうるさいし」


 母も姉も店に立っているリジーはサーラに比べたら身軽である。けれども店番をおろそかにしていると、やはり小言をもらうらしい。

 サーラは苦笑して、ちょうど焼きあがったバゲットを一本、包んでリジーに手渡した。




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