幽霊貴族の幽霊退治

 真夜中の屋敷は不気味なほど暗く、静かだ。小さな足音でさえもひどく響くように感じる。

 

 

 アロンは隠れ場所にキャスター付きのテーブルを使ったと言っていた。

 大広間での鬼ごっこ、一人じゃできない遊びだったが、物音がしてとっさに隠れたというキャスター付きのテーブルはアロンが隠れるスペースしかない。

 

 ――では一緒に遊んでいた人物はどこに隠れたのか?


 大広間では足音が聞こえるたびに点検が行われていた。

 その物音を毎回幽霊だと思い込んでいるわけがない。いつか大事になっていると気が付くはずだ。

 

 

 妖精はお面のようなものをつけていたとアロンは言っていた。暗いとはいえ顔を見られたくなかったのだろう。

 一緒に遊んでいたのはきっと善意ではない。


 アンジェリカはあの後アロンの部屋に行き1つだけ質問をした。


 ――大広間で君を見つける人はいつも同じ人ではなかったか?


 アロンは不思議そうな顔で頷いていた。


 それで、合点が行った。

 アロンが大捜索の騒ぎに気が付かなかったのは、大広間からすぐに“いなくなっていた”からだ。

 

 

 響いていた小さな足音が、アロンの部屋の前で止まった。

 薄曇りの月明りでは人影までしか見えない。

 人影がドアノブに手をかけたところで足音を消して後をつけていたオレは、素早く近寄り後ろに立ち、丁寧な口調の優し気な助手の顔は投げ捨てて、声をかける。


「なぁ、なにをしているんだ?」


 驚いて振り返った人影と、月にかかった雲が晴れるのはほぼ同時だった。

 明るさが増した月明りで顔がはっきりとわかる。

 

 昼間の、あの若い執事だ。


 手にはお面のようなものを持っている。


 とっさに襲い掛かってきた執事の腕をつかみ後ろ手に回し拘束すると、苦しそうなうめき声とともにお面が落ちた。

 騒ぐ執事に、アロンに別の部屋で寝てもらってよかったと強く思う。


「やはりお前か」


 後方に隠れていたアンジェリカが、騎士を伴って歩いてくる。


「なんのこと……でしょう」


 この期に及んでごまかせるとでも思うのか、そう思いながらも拘束の力は緩めない。


「昼間、情報を断言しなかったり、あいまいに話していただろう。大広間のテーブルと庭師のブーケ。嘘は言ってないが、本当でもなかったな」


 調べると大広間のテーブルが窓の下に置おかれたのは過去に一度だけ、傷がつくほどではない。庭師がブーケを作っていたのは事実だが、庭師が一か所から束で花を切り取るなどありえないことは執事なら知っていて当然の知識だ。捜査の錯乱が目的だったのだろう。


 アンジェリカがオレに目配せをして合図する。今回はオレが問い詰めていいようだ。


「あのテーブル、脱出に使ったのはお前だな? あのテーブルは子供の力でも楽に動かせるものだった。お前が大広間から逃げたあとにアロン様が隠れ場所に使うことで定位置に戻させた」

 

 オレの言葉に執事は反射的になにか言おうとして口を開いた。しかし、2、3度開閉されただけで言葉は出てこない。


「そして、大広間を点検している使用人に混ざり、こっそりアロン様を部屋に返した。お前の持ってたお面、確認してもらうか? 妖精の顔なんだろ?」


「これは拾って……」


「じゃあなんで、こんな時間にアロン様の部屋に無断で入ろうとしている?」


「いや……」


「夜中に部屋を出ることに慣れさせて、中庭まで出て、次はどこに連れて行くつもりだった?」

 

 オレの矢継ぎ早の質問に言いよどんだ執事へ騎士が剣を突きつける。


「目的はなんだ。答えろ」


「私は! ただ、遊び足りなそうだったお坊ちゃまのストレス解消を……」


「それなら、報告が何もないのはなぜだ? これだけ騒ぎになっていただろう」


「それは……」


 そこまで言って再び口を閉ざす執事へ、騎士は黙って剣をさらに近づけた。

 それでも何も言わない執事を見て、騎士は大きく息をつくと後ろに控えていたほかの騎士たちに合図をした。


「連れて行く。テオ様ありがとうございます。あとはこちらで」


 騎士に執事を引き渡す。

 服を軽くはらってからアンジェリカの元に戻ると、騎士に両脇を抱え込まれた執事はこちらを睨んでいるのが見えた。


「あと、一手だったんだ! お前らが来なければ……」


「そうか、それは申し訳なかったな」


 アンジェリカがそう言って肩をすくめる。


「……アンジェリカ様、余計なことを言わないでください」


「うむ、それもそうだな。では、テオ、後は頼むぞ」


 アンジェリカはオレの肩を軽く叩くとオレの後ろに下がった。やはりこのような場面はオレの役回りらしい。


「侯爵家の外にいたお前のお仲間は全員捕えている。あとは誰が最初に自供して罪を軽くするかのチキンレースだな」


 黙ってこちらを睨みつける執事。


「話すつもりは、ないか」


 オレが頷くと騎士が執事の口に布を噛ませた。

 

 もうしゃべることはできない。このタイミングがいいだろう。

 オレは努めて落ち着いた声が出るように気を使いながら口を開く。


「……アロン様が、遊んでくれてありがとう、楽しかったと」


 執事の目が大きく開かれた。そして静かに目を閉じると、そのまま動かなくなった。

 騎士に引きずられるように連れて行かれる執事の背中を見つめながら、事件の終わりを感じていた。



 ****** 


「誰かがもっと早く気付ければ……」


 帰りの馬車の中でオレが呟くとアンジェリカは小さく笑った。


「本当にお人よしだな」


「でも……」


 頭に別れ際の少し元気のないアロンの顔がよぎる。


 捕まった執事とその仲間たちは尋問が始まると我先にと計画を洗いざらい吐いた。

 やはり身代金目的の誘拐で、隣町でつぶされた違法ギルドが一枚かんでいるらしい。執事は金をちらつかされて加担したようだ。

 

 アロンがどこまで気が付いているのかはわからない。しかし賢い少年だ。今はまだでもいつかこの騒動の事実に気が付くだろう。

 未来に受けるであろう彼の傷を埋めることは、オレにはもちろん、アンジェリカにもできない。

 

「最悪の事態は防げた。彼の傷は彼が自分で修復できることを祈るしかない。それに彼には家族がいる」


「それは、そうですが」


「テオ、人の手は思っているよりも小さい。人の腕は思っているよりも短い」


 守れる範囲には限りがある。“テオ”にその力はない。暗にそう言われて頷く。


「……強くなります」


 そう言うと、アンジェリカはそっとオレの手に触れてきた。

 心地よいぬくもりが伝わってきて、自分が手を強く握りこんでいたことに気が付く。

 

「私は、テオのそのお人よしすぎて勝手に落ち込むところはとても好ましいと思っているがな?」

 

 そう言って握りこんでいた手をほどくように触れられる。

 

「私も強くならねばな」


 少し落ち着いてきたころに、アンジェリカがそう言った。


「まだ、強くなるんですか」


「当たり前だろう。私が守られるだけを善とする人間に見えるか?」


 ――なぁ、テオ?

 挑戦的な目をするアンジェリカは美しく、気高い。


「……いや。思わないな」


 オレが観念して笑うとアンジェリカも満足そうに笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る