貴族探偵と遊び足りない幽霊
アンジェリカが捜査結果を報告すると伝えると、すぐに部屋は用意された。
そこに集まった、侯爵夫人、ジニアとアロン。そして、ジニアのメイド、アロンの教育係を兼任している執事、庭師長。護衛の騎士が数名。
庭師長だけはアンジェリカが来るように頼んだらしいが、ほかの使用人は手が空いていた者らしい。昼に会った執事も来ていなかった。
侯爵夫人は部屋に入るなり、アロンもいることに気づくと、声を落としてアロンの執事を呼んだ。アロンを退室させようとしているようだったが、アロンが小さく首を振っている。
「バーノン夫人、大丈夫ですよ。ご心配されている事態にはなりません」
それを見ていたアンジェリカが夫人に声をかける。アンジェリカが笑顔頷くと、夫人はしぶしぶと言った様子で椅子に座った。
「では、まず、いくつか確認をさせていただきます。庭師長、マーガレットのブーケを作り始めたのはいつでしたか?」
アンジェリカが聞くと、庭師長が勤務記録であろう紙の束をめくる。
「約1か月前です、先月末ですね。マーガレットが満開になってきたころに、ジニアお嬢様が部屋に飾りたいとのお話でお作りするようになりました」
「では、ジニア様。どうしてマーガレットのブーケを頼むようになったのでしょう?」
アンジェリカの質問の意図がくめない様子のジニアは少し考えながら口を開く。
「先月の中ごろに流行り熱を出したのです。その時にお見舞いでいただいたマーガレットのブーケがとても素敵だったので、庭師長に花の時期が終わるまで時々作ってくれないかとお願いしたのです」
「中庭のマーガレット、拝見いたしました。とても美しかったですね。お部屋に飾ったらさぞ華やかになることでしょう」
「えぇ、それはとても」
オレが相槌を打つと、不安そうなジニアの顔が少し柔らかくなる。
こういう時に聞きたい事だけ聞いて余計な緊張感を生むのはアンジェリカの悪い癖だ。この事件はただの幽霊騒ぎ、誰かが傷ついた話ではないのだ。
――もう少し優しく。
そう思いを込めてアンジェリカのほうを見ると、それはお前の仕事だと言いたげな顔をされて流される。
「では……そのお見舞いのブーケはどなたから?」
「……え?」
アンジェリカの言葉にジニアは庭師長のほうを向く。庭師長は首を小さく横に振った。
「先ほど、お話しました通り、中庭に咲くマーガレットで庭師がブーケを作ったのは、ジニア様に依頼された時が初めてです」
「では、ジニア様のメイド……あぁ、あなたですね。最初のブーケを飾ったのはいつでしたか?」
「お部屋に届いていたお見舞いの品の中にあり、飾りました。あの日は……ジニア様の部屋に人影が出たという日の、次の日です。」
部屋にいる侯爵家の人々の顔からさっと血の気が引く。
「ブーケは、あの人影が持ってきたというのですか?」
驚きで声が出なくなっていたジニアの代わりに夫人が言う。
「えぇ」
「なんのために……?」
夫人の言葉にアンジェリカは小さく頷いて、アロンを見た。
「間違いなくお見舞いだった。そうでしょう? アロン様」
全員がアロンのほうを向く。アロンは視線に戸惑いつつも嬉しそうな顔で頷いた。
「あぁ! 病気のお姉さまに花束を持って行ったのは僕だ」
夫人たちの張りつめていた空気が一気に霧散したのが分かった。
「アロン様、最近講義の時間が増えたようですね」
オレが聞くと、アロンは少し困った顔をして頷く。
「あぁ、学ぶことが多くて大変なんだ。でも頭を使うことに慣れないとね」
「では、運動の時間が少なくなったのでは?」
アンジェリカが言うと、アロンはいたずらがバレたいう顔で首を振る。
「もしかして、夜に部屋を抜け出してることも全部バレてるのか!」
けらけらと楽しそうに笑うアロンをみて夫人が頭を抱えた。
「大広間でスキップ鬼ごっこしたり、夜の中庭の冒険したり! 中庭で一番最初に咲いたマーガレットをお姉さまに届けたんだ。あ、そうだ。庭師長、ごめんなさい。勝手にマーガレット切っちゃって……」
アロンが庭師長に頭を下げる。庭師長は驚きながら首を横に振って気にしないでくださいと答えていた。
「でも、おばけが怖くて、音がするたびにあちこち隠れてしまった! 大広間のテーブルに隠れたときはとてもドキドキしたよ」
怖がりで慎重派がここで発揮されたのか。あのテーブルの下の棚はアロンなら隠れられるし、人が入り込めないと思い込んでいるところをわざわざのぞき込むことはしない。
「……人影が怖い感じがしなかったのって、アロンだったからだったのね」
ジニアが納得したと苦笑する。
「最近はとても活発で動き足りないご様子で……運動や遊びの時間をもう少し増やせればと、明日ご相談の予定でした」
教育係の執事の言葉にアロンは嬉しそうに顔を輝かせる。夫人は、運動量が足りないとは聞いていたわ……と小さくつぶやいた。
「……もしかして、みんなの様子がおかしかったのって」
申し訳なさそうな顔に変わったアロン。アンジェリカが大きく首を振った。
「今日、私が来ることになっていたからですよ。私は泣く子も黙る貴族探偵。秘密があばかれてしまうと気が気でなかったのでしょう」
いかにも、私が解いてしまったのはアロン様の秘密でしたが。アンジェリカがそう続けて笑うとアロンも声をあげて笑う。
「貴族探偵に解いてもらうなんて光栄だ!」
******
「アロン様。1つお伺いしても?」
ジニアとメイド、庭師長たちが先に出ていき、アロンが続いて出て行こうとしたところにオレは声をかけた。アロンは不思議そうな顔で頷く。オレはアロンの目線に合わせてかがみ口を開く。
「アロン様は、一人で遊ばれていたのですか?」
アロンは目を丸くして、そして笑った。
「不思議な顔の面をつけた妖精が一緒に遊んでくれていたのだ。ひみつだぞ」
大人に見られたら、そいつは消えちゃうんだ。アロンはそう言って唇に人差し指を立てると、くるっと回って部屋を出ていった。
立ち上がり振り返るとアンジェリカと目が合う。
「気が付いたか」
アンジェリカの言葉に頷いた。
幽霊退治は、まだ終わっていないようだ。
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