小さな探偵と助手
「……テオ、事件の話聞かせてくれないか?」
庭全体を見渡せる場所に設置されたガゼボへ案内されて、話をしているうちに、アロンからそうせがまれた。
「申し訳ありません、それはできません」
「……貴族の秘密だもんな。すまない。余計なことを聞いた」
察しがいい。侯爵家の子ともなると処世術も身につけるのが早くなるのかもしれない。少し落ち込んでしまった様子に心が痛む。
「もしよろしければ、私が助手になった時のお話ならできますが……」
せめてもの罪滅ぼしのつもりで提案すると、アロンは前のめりになって何度も首を縦に振った。
「聞かせて!」
さっきの落ち込んだ顔などなかったかような笑顔に安堵しながら、オレは口を開いた。
「オレは宿無しの男だったのですが……ある街に日雇いの仕事で来た時に、大きな不気味な屋敷を見つけたんです」
「化物城だ!」
アロンの言葉に頷いて話を続ける。
「食事処で知り合った男に聞いたら化物城には人は住んでいないから、宿無しなら一泊させてもらえよと言われて」
「忍び込んだのか!?」
「えぇ」
驚きに目を丸くするアロン。かつてのオレは空き家によく忍び込むタイプでしたと笑うと、横で話を聞いていた執事が、次回の社会についての勉強では庶民の生活や問題点について詳しく学びましょうとアロンに言う。どうやら執事だけではなく、教育係も兼任のようだ。
「化物城のベッドで一晩寝て、目が覚めたら目の前にアンジェリカ様がいました」
「それは、驚いただろう」
「えぇ、とても。必死で謝る俺に、アンジェリカ様はこういったんです『憲兵に突き出されるか、助手になるか、どちらがいい?』って」
「それで助手になったのだな!」
「えぇ」
アロンは何度も頷くと、探偵はやはり突拍子もないことを言うのだな! と嬉しそうに笑う。
後ろに控えていた執事が、アロンにそろそろ次の講義のお時間です、と言った。アロンは一瞬残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻り、オレに向き直る。
「テオ! ありがとう! 楽しい時間だったぞ」
そう言って笑うと、屋敷の中に戻っていった。学ばねばならないことが多く、大変だと話していたが、小走りで走っていく様子は元気で無邪気な子供そのものだった。
怖がりで慎重派、との話だったが、想像よりも活発で前のめりに話聞いていたところから、好奇心も旺盛なのだろう。成長が楽しみな子だ。
「随分楽しそうな話をしていたではないか」
アロンの姿が見えなくなってすぐに、背後から声をかけられた。
「えぇ、アンジェリカ様の話を聞きたくて勉強の合間に探してたみたいですよ。最近学ぶことが多くなって大変だとか」
「……なるほど」
「アンジェリカ様、いかがでしたか。お話は」
「マーガレットのブーケは定期的に庭師に頼んでいるらしい。きっかけは風邪の見舞いにもらった花束らしいが」
「人影については?」
「うむ。人影に驚いて悲鳴は上げたが“実は人影自体は怖い感じがしなかった”とのことだ」
「人影自体は怖くない?」
聞き返すと、アンジェリカは頷く。
「あぁ、人影が出たのは風邪で寝込んでいた日だったから幻覚のようなものだったかもしれないとも言っていたがな」
「それは……なんだかよくわからなくなりましたね」
オレの言葉にアンジェリカは自信にあふれた顔を向ける。
「いや? 謎は解けたさ」
アンジェリカは、呆けたオレに、仕掛けだけが幽霊騒ぎの原因ではないなと言って笑った。
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