光の捜査〜中庭〜

 バーノン侯爵家の象徴は羽ペンと柊。代々宰相や文官長を輩出している家にふさわしい、知と永遠を意味する象徴である。かつて聞いた話を思い出しながら、中庭で美しく整えられた柊を眺める。アンジェリカは中庭の中央に作られた花壇の花を念入りにのぞき込んでいた。


「光というのはどういったものですか?」


 アンジェリカを視界に入れたまま、執事に問う。

 

「ろうそくやオイルランプの灯のようなものです。赤く不規則に揺れる光ですね」


「……それは誰かが中庭を歩いていたのではないのですか?」


 オレが疑問を口にすると、執事は大きく首を横に振る。


「ありえません。ここは火気厳禁の場所です。見つかれば屋敷には二度と入れないでしょう」


 執事の言葉にオレは柊に視線を移す。

 

「象徴ですか」


 オレの言葉に執事は頷く。

 仕える主人の象徴を燃やしてしまえば主人の怒りを買うことは避けられない。不便でも火を使う場所を制限している屋敷は多かった。


「えぇ、ですから、ここに火を持って来る使用人はおりません」


 執事の言葉を聞きながら、花壇付近を調べていたアンジェリカに近づく。アンジェリカはマーガレットの咲く花壇の一点を見つめていた。


「なにか、ありましたか」


 アンジェリカが花壇の一番手前側をかき分けて見せてきた。


「不自然だろう?」


 そう言って指さした先には、花の切り取られた後が多く残るマーガレットの茎があった。


「花が咲ききったら切ってしまわないと次の花が咲かないと聞いたことがありますが」


 オレが昔聞きかじったことを引っ張り出して言うと、アンジェリカは頷く。


「ここだけなんだ」


「これだけ開花時期がずれたなんてありえるのか……?」


「さぁ?」


 アンジェリカが面白いものを見つけたと言いたげな顔でこちらを見た。


「それは庭師かと。マーガレットはジニアお嬢様のお好きな花で、庭師が時折頼まれてブーケを作っておりますから」


 執事の言葉を聞きもう一度マーガレットの茎をみる。確かにブーケができそうな量の花は切り取れただろう。

 ふと見た足元に茶色いシミがあるのに気が付いた。じっくり見ると油のようなものだ。

 顔をあげるとアンジェリカも気づいていたようで小さくうなずいた。


「次に行こう」


 そう言ったアンジェリカは侯爵に会っても失礼がないレベルには高価なドレスに付いた土を気にする様子もなく屋敷に戻っていく。

 後ろを追いながら、フィンにドレスの手入れ方法と、探偵業の時に着られそうな動きやすく見栄えするデザインの服はないかを聞かなければと考えていた。


 ******


 最後の怪奇現象は人影だ。目撃者であるジニアに直接話を聞きたいと夫人に打診すると、ジニアに部屋で待っているよう伝えてくれていた。


「アンジェリカ様、私は外で待っております」


「あぁ、そうだな」


 オレがそう言うと案内していた執事は明らかにほっとした表情をしていた。侯爵令嬢の部屋に家族でも使用人でもない男が入るのはさすがにありえない。執事もいつ声をかけるか悩んでいたようだ。

 この執事も部屋には入らないようで、ジニア専属のメイドが1人迎えに来てくれたところで案内を引き継いでいる。


「……先ほどから“小さな探偵さん”がいるようだ。そっちの助手をよろしく頼むよ」


 メイドと執事が話しているところから一歩離れたアンジェリカが少し声を潜めて言う。先ほどから背後を人影が行ったり来たりしているのはオレも気が付いていた。


「かしこまりました」


 オレが頷いたところで、引継ぎが終わったのか執事が声をかけてきた。


「お待たせしました。この先はこちらのメイドがご案内します。私はこちらで失礼いたします」


 そう言って一礼して執事は去っていく。

 かなり若く見えるがしっかりとした所作と知識を身につけた執事だと、背筋の伸びた後姿を見送りながら思った。


 ジニアの部屋の少し手前でアンジェリカと別れると、オレは勢いよく振り返ると足音を立てずに廊下の曲がり角まで戻る。


 驚いた顔をした幼い男の子と目が合った。後方に控えるメイドと執事が一礼する。


「アロン様とお見受けいたします。私、本日お招きいただきましたヴァイス辺境伯の助手、テオともうします」


 できるだけ気遣って、最低限の挨拶をすると驚きで零れ落ちそうだった目が今度はキラキラと輝き始める。

 

「テオ! ヴァイス辺境伯というのはあれだな! 貴族探偵! そしてその助手、テオ!」


 知っているぞ! そう言ってアンジェリカが大立ち回りをした芸術鑑賞会での絵画偽装事件や、舞踏会での音楽家一斉失踪事件の話などを嬉しそうに話し出す。


「お父様に貴族探偵と会ってみたいとお願いしていたのだ! 連絡をしてくれると言っていたが、本当に!」


 後ろのメイドに視線をやると、ほほえましいと言いたげな顔でアロンを見ている。貴族探偵アンジェリカにあこがれているのは本当のようだ。

 多くの貴族の目に触れた事件は大体知っているようだった。


「それに、助手の話も知っているぞ! 狙われやすい貴族探偵を暗殺者から守ってるって! 化物城に侵入した暗殺者は絶対に帰ってこないって! 助手が倒してるんだろ?」


 ――それはオレが知らない。

 嬉しそうに話すアロンに否定もできず、あいまいに笑う。解釈はアロンに任せることにする。


 アンジェリカがここまで子供から羨望のまなざしを受けているとは気が付かなかったが、これはうまく使わせてもらおう。そう思って少し芝居がかった調子でアロンの前に膝まづく。


「我が主より、小さな探偵の助手を頼むと申し付かりました。このひと時、アロン様の助手となってもよろしいでしょうか?」


 我ながらくさいセリフだ、引かれたらどうやってごまかすか。

 オレはそう思いながらアロンの顔を見て、すぐにその心配を放り投げた。


「もちろんだ!」

 

 うれしいが全身からあふれ出している様子のアロンに手をひかれ、オレは再び庭へ向かった。

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