足音の捜査~大広間~

「幽霊退治なんて、化物城の幽霊貴族にうってつけの依頼じゃないか」


 アンジェリカは夫人が退室するのを見送るとそう言った。


「ヴァイス家の屋敷では“正体不明”の怪奇現象は起こりませんけどね」


 わざと正体不明を強調したが、アンジェリカはそれを聞いてにやりと笑ってこちらを見上げた。


「そうだな。ところで“私の作り出した”怪奇現象をいくつも見ているテオよ。どう思う?」


「……現場を見てみない事には。何か仕掛けがあるのであれば痕跡は見分けられるかと」


「仕掛けを準備し続けたかいがあるな」


 化物城の幽霊貴族、この噂がいまだに街中に広がっているのは、アンジェリカが屋敷中に仕掛け続けている罠が原因だ。


 人が踏むと悲鳴のような音が鳴るスイッチ。開けると同時に頭に濡れたタオルが落ちてくる扉近づくと血のような液体が垂れてくる窓。


 化物城へ肝試しに来た人々を怖がらせるためだけのその仕掛けは、すべてアンジェリカの手作りだ。

 二度と忍び込む気が起きなくなるような仕掛けの数々は偽物とわかっていても驚くものばかり。

 しかし、しょせんただの仕掛け、昼に見ればなんてことはない物ばかりなのだ。痕跡だってしっかり残る。


 そして、それらを作動するたびに片付けているのはオレだ。


 怪奇現象の仕掛けの痕跡はオレが分かる。痕跡が分かれば後はアンジェリカが逆算して仕掛けの再現ができるだろう。


「怪奇現象が仕掛けでおこなわれているのであれば、だがな」


 アンジェリカが軽い調子で言うが、その言い方はいやな予感しかしない。アンジェリカには何が見えているのか。


「では、大広間から見に行くとしよう」


 アンジェリカの言葉に、オレは近くにいた執事に案内を頼む。

 執事に案内された大広間は子供が十数人走り回っても問題なさそうな広さがあった。


「足音が聞こえるのはどのあたりだ?」

「どこか決まったところで聞こえるというわけではないのです。窓際をぐるりと一周しているような音の時もあれば、端から端を1回きりの時もあります。共通するのは誰かが大広間に入ると消えることだけです」

「出入口は二か所か?」

「えぇ、先ほど入ってきた扉と反対側のあちらの扉、二か所です。あとはあちらの天井近くの窓が開きますが……」

 

 そう言って執事が指さした窓は、オレの背丈の1.5倍くらいの高さにある窓だった。

 

「人が届く高さではないな。では、足音が鳴っている間に両方の扉に人を配置したことは?」

「えぇ、それは何度もあります。しかし、人が出てきたことはありません」


 アンジェリカがする質問に執事が丁寧に答えていくのを聞きながら、大広間を端から端まで見ていく。

 人の隠れられるような場所がないかも念入りに探すが、それらしいものは見当たらない。大広間にあるのは椅子とテーブル、料理を運ぶためのカート、どれも人が隠れていたらすぐに見つかりそうなものばかりだ。

 そう思いながらもう一度周囲を見渡す、すると両方の入り口の扉の壁沿いに小さなテーブルが収納されているのに気が付いた。

 天板は小さいが、高さがあり、大人が乗れば窓までの踏み台になりそうだった。


「あのテーブルはなんですか?」

「ここで催し物をする際に使うものです。私共が給仕に使う道具を置くためですね。普段は壁に作られたへこみへ収納できるようになっています」


 執事はテーブルに近づくとテーブルを片手で引き出した。テーブルを出し切ると小さな空間が現れた。

 テーブルがなければ小柄な女性なら座り込んで隠れることができそうなスペースだ。


「このテーブルが移動していたことは?」

 

 アンジェリカの問いに執事は首を横に振る。

 

「それはありませんでした」


 テーブルに目を向ける。テーブルの足には飾り模様の施された板が渡されていて中は棚になっていた。一番高さがある棚でも、膝の高さくらいまでで人が隠れるのは無理そうだ。

 キャスターが付いているようで、見た目よりも軽く動かせる。


「あ」

 

 収納スペース近くにキャスターの細かい傷がいくつかついているのを見てオレは窓の下に駆け寄る。


「何か見つけたか?」

 

「キャスターの傷が、ここにも」


 オレは床についている細かい傷を指さした。


「テーブルの移動の際についたかもしれません」


「ここにはよくテーブル置くことがあるのか?」


「……いえ、めったにないかと」


 執事の言葉にアンジェリカと顔を見合わせる。

 手掛かりではあるが、これを窓の下から扉横のスペースに戻す仕掛けが別に必要なはずだ。

 

「まだ、仕掛けの痕跡がありそうですね。探します」

 

 そう言いながら顔をあげるとアンジェリカに肩をたたかれた。


「いや、これで十分だ。次にいこう」


 アンジェリカの言葉に少々疑問を抱えながらも頷いて、目を丸くしてもうわかったのかという顔をしている執事に視線を向ける。


「では中庭にご案内いたします」


 オレの視線に気が付いた執事はすぐに柔らかな微笑みに戻り一礼した。


 貼り付けたようでもない、自然な微笑みになぜか妙に目を引かれた。

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