侯爵家の幽霊騒ぎ

侯爵夫人の依頼

 バーノン侯爵家から招待状が届いたのは数日前のことだった。たびたび依頼をしてくる伯爵家を通じて送られてきた手紙には、化物城に住むという貴族探偵の力を借りたいと書かれていた。


「うむ……バーノン侯爵か……」


 手紙を読んで頭を抱えるアンジェリカは珍しい。バーノン侯爵家と言えば、王家とのつながりも深い名門貴族だ。貴族探偵としても、辺境伯ヴァイス家としてもあまりかかわりたくないのが本音だろう。しかし、そこまで大きな力を持つ貴族の招待状を断れる立場でもない。


 アンジェリカは、うなり続けながらも執務を続け、夕食前に覚悟を決めた顔をして返事を書き始めた。

 書きあがった手紙をフィンに預けると、アンジェリカはオレの名前を呼んだ。


「髪を染めて、眼鏡を用意してくれ。今回は黒縁でな。」


 俺の容姿、特に髪や目元は王家に近い者が見れば、王家に連なるものだとすぐに気が付くものだ。今までもこうやって容姿をごまかすことはよくあった。

 やはり、侯爵家にもオレを連れて行く気かと思いながら、小さく頷いたのだった。


 ******

 

 オレは黒髪を明るい茶色に染めて黒縁の眼鏡をかけた姿でバーノン家の屋敷にいた。

 バーノン侯爵とは幼い時に何度か会っているので直接顔を合わせればさすがにバレると思っていたが、幸い侯爵は王城からの緊急の呼び出しとやらで不在だった。


 心の中で安堵しながら侯爵夫人の出迎えを受ける。メイドの案内で通された部屋は木目模様の生かされた調度品で統一され、絨毯やカーテンは深い緑と黒を基調にしてあり、全体的に落ち着いた雰囲気だった。

 用意されたお茶も香り高く、知識のあるものが入れたとわかる。一目で丁寧に作られたことがわかる茶菓子からも、使用人への教育のレベルの高さを感じた。


「早速ですが、依頼内容をお聞かせ願えますか?」


 アンジェリカがそう切り出すと、夫人の顔が少し曇った。


「……依頼内容が外にもれることはありませんか?」


 言葉を選びながら、しかしはっきりと問いかける夫人にアンジェリカは頷きほほ笑む。

 

「えぇ、皆さまの秘密を私共が外で話すことはありません」


 アンジェリカは貴族探偵としての顔をのぞかせる。秘密の多い貴族の内情を知ることが多い探偵業、情報漏洩は信用問題にもなるし、何よりいらない恨みを買う。情報はどこにももらさない。アンジェリカが必要以上に使用人を雇わないのはそのような意図もあった。


「ソコル伯爵様にも話はうかがっていますの。念のためにもう一度聞かせていただいたわ。気分を害されたらごめんなさい」

 

「とんでもございません。当然の心配ですわ」


 アンジェリカが答えると、夫人は小さく息をついて口を開く。


「依頼内容ですが……」

 

 侯爵家の依頼内容はいったいどんなものなのか。アンジェリカの後ろに控えたオレは夫人の言葉を固唾をのんで待つ。

 

 夫人が語ったのはオレの想定外の内容だった。

 

「……屋敷に幽霊が出ると?」

 

 アンジェリカが夫人の言葉を繰り返す。彼女の正面に座った侯爵夫人が小さくうなずく。


「夢物語のような話なのですが……」


 夫人の話をまとめると、それは2か月前、夜の見回りをしていた騎士が、大広間で不規則な足音を聞いたことから始まった。侵入者かと大広間中を探したが、足音の犯人は見つからなかった。

 夜中に響く、たったたっ、たったたっ、という走るでも歩くでもない音。不審に思った侯爵は夜の警備を増やしたが、音はやまず、犯人も見つからず、音を聞いた人だけが増えていった。

 

 次に起こったのは不自然な光。

 廊下や使用人部屋の窓から見える中庭に青白く光る浮遊物が目撃されている。これは週に1回ほど、不定期に起こっているらしい。

 

 そして、人影。

 これを見たのはバーノン侯爵令嬢、ジニアだという。部屋で休んでいた令嬢が目を覚ますとの枕元に真っ黒な人影が立ち尽くしていたらしい。部屋の出入り口には使用人が立っていたにもかかわらずだ。

 ジニアの悲鳴に駆け付けた使用人や騎士たちが室内を捜索したが人がいた形跡はなかった。

 

 侯爵家にはジニアの下に息子、アロンもいるが、人影はジニアのところにしか現れていない。

 

「ジニアはもちろん、使用人たちも怖がってしまっていて……貴族探偵の力を借りることができればと」


 夫人の話を整理しながら聞いていたオレはアンジェリカの顔をうかがう。こんな時に探偵としてできることなど限られている。


「では、この現象の正体が人か自然現象か、はたまた幽霊かの判別をしてほしいということでしょうか」


 アンジェリカが尋ねると、夫人はゆっくりと頷いた。


「えぇ、今回の依頼はこの現象の正体を明らかにしていただくことです」


 アンジェリカは報告期限や、話を聞いていい人、立ち入っていい範囲など、細かく確認していく。


「屋敷の者には協力するよう伝えてありますので、何を聞いてもかまいません。ただ、アロンはまだ7歳でとても怖がりというか、慎重派なので、怖がらせないよう内密に捜査をお願いします」


 一通り聞き取りが終わるとアンジェリカは一礼する。


「承りましたわ。この怪奇現象、解き明かしましょう」


 アンジェリカは自信にあふれた探偵らしい顔で笑った。

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