解決と秘密

 三時間後、オレはせっかくの高級服をボロボロにした姿でクレーエの前に立っていた。

 黒のテーブルの上にそっと指輪を置くとオレはアンジェリカの後ろに下がる。


「クレーエ子爵様、こちらの指輪でお間違いないでしょうか」


「ま、まさしく、この指輪だ。こんな短時間にどうやって」


 悔しそうな驚いたような何とも言えない表情でクレーエは指輪を手に取った。

 アンジェリカが涼しい顔をして出されていた紅茶に口をつける。


「クレーエ卿の象徴が見つけてくださっていましたよ」


「我が家の象徴は、黒と鳥だが……」


「えぇ、さすがクレーエ卿。お庭にもたくさんの鳥が楽しそうにさえずっていましたわ」


 アンジェリカはそう言いながら、オレに視線を向けた。オレは頷いてクレーエの屋敷の書庫から借りた本を一冊、とあるページを開いてテーブルに置いた。


「カラス?」


「えぇ、カラスの巣の中にありましたの。黒い鳥の巣の中にあるなんて、クレーエ卿は象徴にも愛されてらっしゃいますね」


 愛想笑いをしながらまた紅茶を一口飲むと、アンジェリカはクレーエに笑いかける。


 目論見が外れたクレーエは悔しそうな顔を一瞬見せたが、すぐに余裕そうな笑顔を作って礼を言った。


「また、何かございましたら、ご贔屓に」


 帰り際、クレーエにそう告げるアンジェリカは清々しいほどに勝ち誇った顔をしていた。



「カラスの巣の中にあるなんて、なんで分かったのですか?」


 一つ一つ、木を上って鳥の巣の中を確認させられたオレは帰りの馬車の中でアンジェリカに問い掛けた。


「ん? カラスは光るものを集めるだろう?」


 そう言われて、今朝のカラスは俺の腕輪に反応していたのだと合点がいった。


「あの指輪は太陽の光に当たってさぞ光り輝いていただろうな」


 外していた腕輪をポケットから出す。宝石のついていない金の腕輪を陽の光に当ててみる。

 反射で馬車の壁に光の粒が現れる。


「子爵は庭でなくしたと言っていた。それは、招待客も証明している。なら、庭に落ちていてもあのカラスの数だ、カラスが持っていく確率のほうが高いだろう」


「……クレーエ子爵は、また何か依頼して来るでしょうか」


「さぁ、何かあればまた相手をしてやるさ」


 そう言ってアンジェリカはめんどくさそうに笑う。


「親の遺恨は子に引き継がれるものだよ」


 オレが眉をひそめたのを見ながら、アンジェリカは、明日は休みにするから羽を伸ばしてこいと言った。




 ********


 翌日の夕方。オレは再びクレーエの屋敷に一人で訪れた。忍び込むのはお手の物、するするとクレーエの部屋に到達した扉の前で聞き耳を立てると、何やらクレーエの怒鳴り声が聞こえる。


「まったく、なぜ、指輪が見つかったんだ! しっかり隠しておけといったであろう!」


「申し訳ありません……ですが、庭の隠し場所から消えた指輪はそのままでいいと……」


「言い訳をするな! おかげで恥をかいた!」


 クレーエの怒鳴り声にしどろもどろで返す声は迎え入れてくれた執事のものだ。


 やはり、アンジェリカの推理は正しかったようだと結論づけてその場を離れる。


 その後、数度怒鳴り声が響き、扉が開いた。執事が出てきて、オレが隠れているところと逆方向にとぼとぼと歩いていく。

 仕える主人は選んだほうがいい。そう思いながら丸まった背中を見送った。


 執事が見えなくなったのを確認して、クレーエのいる部屋に忍び込む。


「クレーエ子爵」


 執務机に向かうクレーエに声をかける、顔を上げたクレーエが、鳩が豆鉄砲を喰らったように立ち上がった。


「おまえ! 昨日の……ヴァイスの、なんでここに」


「お伝えし忘れたことがありまして、はせ参じました。こちらをどうぞ」


 オレはわざと恭しく一礼すると、一枚の封筒を手渡した。封蝋の本と獅子をモチーフにしたエンブレムをみてクレーエの表情が変わる。


 震える手で手紙を開けると見る見るうちにクレーエの顔が青くなった。


「おま、あなた様は」


「後は、ご理解いただけますね?」


 そう言ってできるだけ綺麗に笑うと、クレーエの肩を叩いてそのまま背後の窓から外に出て帰路につく。


「……なんで! 王子がこんなところに!」


 クレーエの悲鳴のような声が聞こえた気がした。


 オレはテオ。本名をテオドール・フォン・ランプレヒト。


 この国の第三王子である。


 第三王子と言っても王位継承権はとうの昔に放棄した。

 城を出るときに困ったときに使えと言われて渡された王家のエンブレムの入った身分証明の手紙が数枚あるだけで、もう土地も権限もほとんどない。ただ、子爵を黙らせるのには覿面てきめんだ。


 己の力では子爵を黙らせることができない。それは、歴然とした事実だった。アンジェリカの探偵業を支えるにはオレが家に戻って後ろ盾になるのが一番なのかもしれないが、そうするとオレは助手として動くことができなくなる。それは、嫌だった。オレ自身が今のままで力を付ける。それがアンジェリカとオレのためにオレが選んだ道だった。


 ――まだ道のりは遠いらしい。


 歯痒い思いを噛み締めながら、化物城に帰ると、夜遅いにもかかわらず、アンジェリカが待っていた。


「随分遅いお帰りですね、テオドール・フォン・ランプレヒト様?」


 アンジェリカがおどけたように言って、オレの服装を指差す。唯一持っているオレの王族としての服だ。


「アンジェリカ様、何をおっしゃいますやら、私はただの平民。テオでございますよ」


「まぁ、そういうことだったな、よい」


 そう言うと、アンジェリカはこちらに歩み寄ってオレの頬を乱暴に両手で挟んだ。


「テオよ、お主が実家の力とやらを使う必要がないと思える日を心待ちにしておるからな」


 アンジェリカは手を下ろすと静かに微笑んだ。暗い室内に月明かりが入ってアンジェリカの髪をキラキラと輝かせている。


 綺麗だ、そう思いながら、長く白い髪にそっと触れる。髪にキスを落とすと、満足そうにアンジェリカが笑う。


「待っててくれ」


 つい口調がくだけた俺の言葉にアンジェリカは嬉しそうに、親密度が上がったなと言って笑う。


「待っているさ」


 白い髪を揺らしながらオレの手に一瞬触れて、離れた。


「私はテオの秘密だけは白日の下に晒すことができないのだから」


 そう言って笑う彼女は、貴族探偵でも可憐な乙女でもなく、アンジェリカとしてそこに立つ。



 貴族探偵が暴かないと決めた秘密を抱えて、オレは助手として後ろを歩く。



 けれど、いつかテオとしてアンジェリカの隣に立つことを、オレは諦めない。

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