依頼人のなくし物

 依頼人の屋敷は、化物城よりは小さく、化物城よりも扉や窓周辺の装飾から豪華な印象を与えた。

 庭は広く、手入れが行き届いていて、今が時期の八重咲きのバラが咲き誇っている。

 この一族の象徴は鳥らしく、あちこちに多く使われていた。時折、様々な鳥の鳴き声が聞こえる。


 鳥の声は癒やされるなと思っていると、大きな羽音が聞こた。

 振り向くと、真っ黒な鳥がこちらに向かって急降下してくる。


「うわっ!」


 間一髪避けると、アンジェリカがその金色の腕輪を外せと笑った。


「その鳥はカラスだ」


「カラス、ですか?」


 疑問を口にしたが、答えが返ってくることはなく、しかたなく諦めた。


「お待ちしておりました」


 出迎えてくれた執事に促されるまま、屋敷の中に入る。内装も外観の装飾に似合う金や赤、黒などの豪華な飾りが施されているものが多かった。


 白を基調としたシンプルかつ洗練されたデザインの調度品が多い化物城とはかなり違って見えると感想を持つ。


 目が痛くなりそうな輝く部屋に通されると、すぐに上等な仕立てに派手な宝石を身につけて、立派なあごひげを蓄えた小太りの男が現れた。この男が依頼人のようだ。


「アンジェリカ殿。お久しぶりですな。家督を継がれたとのこと。お祝い申し上げますぞ」


 あごひげを触りながらそう言って笑う目の前の男に違和感を感じる。アンジェリカは面識はあると言っていたが、アンジェリカが家督を継いだのはもう一年も前のことだ。それまでに一度もあっていないどころか、祝いをこのタイミングまで放っておいているのか。


 ――怪しい。

 そう思いながらアンジェリカを盗み見る。アンジェリカは気にする様子もなく一礼すると口を開いた。


「お久しぶりです。クレーエ卿。お祝いの言葉、お礼申し上げます。ところでこの度は探偵のご依頼とのこと、早速内容をお聞かせ願いますか?」


 普段オレに向ける意地の悪い笑顔はなりを潜め、愛想の良い可憐な乙女のような顔を作るアンジェリカに、男、クレーエは困った顔をしてそうなんです、と言って息を吐いた。


「私の指輪が一つ、見当たらないのですよ」


 はぁ?


 つい口からでそうになった言葉をすんでのところで止める。思わずクレーエの指を見ると、すべての指に色とりどりの宝石のついた指輪が嵌められていた。


「それは大変ですね。お心当たりは?」


「庭でのお茶会を主催したときが最後に着けた日なのです」


「では、お庭で?」


「庭に落ちているのではないかと、使用人に隅々まで探させました、しかし出てこず……明日使う予定なのです。それまでに見つけていただきたい」


 アンジェリカは顔色一つ変えずに、なくした場所と日時、指輪の形状などの情報を聞きとっていく。それを紙に書き留めていくのはオレの仕事だった。クレーエの話にすこしづつ自分の顔が険しくなるのを感じながら俯いて向こうにばれないように、言葉を写し取っていく。


 アンジェリカが必要な情報を一通り聞き終えると、わかりましたと一言。


「では、一度、屋敷の中とお庭を拝見させていただきます。大丈夫、一日とかからずに見つけだして見せますよ」


「おぉ、なんと頼もしい。屋敷内は好きなようにお探しください」


 クレーエの言葉に頷くと、アンジェリカは席を立つ。横に立っていたオレは先回りして扉を開けてアンジェリカが出たのを見届けると、クレーエに一礼して後を追った。



「アンジェリカ様、やはり……」


「テオ、みなまで言わなくてよい。分かっている」


 アンジェリカに書き留めた情報を渡しながら開こうとした口はアンジェリカに止められた。

 近くの部屋からクレーエ家の使用人が出てきた。


「ここでは誰が聞いているかわからないからな、庭にでるぞ」

 


  お茶会が行われたという庭に出る。来たときは美しいと感じていた八重咲きのバラも鳥のさえずりも今は憎らしい。


「庭……広……」


「我が屋敷の倍以上あるな」


 アンジェリカが呆れたようにオレの書いた情報を読み上げる。


「五日前の八重咲きのバラを囲むお茶会で指輪をなくした。開始直前に着けた指輪が終了後には行方知れずに、おそらく落とした。庭を隅々紹介して回っていたのでいつ落としたのか分からない。指輪の特徴は、黄金のアームにバラの彫り模様、大きな虹色の石のオートクチュール……」


「もういいです……アンジェリカ様」


 庭を隅々まで案内して最後の最後に指輪がなくなったことに気がついたって、どう考えてもありえない。そもそも、指輪が指から抜けるほど大きい物を特注で作ったなんておかしな話だ。


「まぁ、何かの罠だとは思っておったが、こんな古典的な物だとは思わなかったわ」


「なら、なんで来たんですか」


「先代の級友らしくてな」


「お父上ですか」


「そうだ、仲は良くなかったようだから、代替わりしたら何か吹っかけて来ると思っての」


 乗っかってやったのだ、アンジェリカは笑うともう一度紙に目をおとす。


「おおよそ、指輪も見つけられない使えない探偵とでも噂を流すつもりであろう」


「指輪の存在もなくなった事実も、お茶会の出席者が知っているってことですね」


 つい、顔が歪むのを隠せない。アンジェリカを陥れようなど、なんと浅はかな。


「まぁ、そう簡単に嵌められてもつまらんからな、終わらせてしまおうぞ」


 そう言ってアンジェリカは紙を折り畳むと歩き出した。


「え、何か分かったのですか」


「あぁ……ところでテオよ」


 さっきまで可憐な乙女だったアンジェリカが意地の悪い名探偵の顔に戻っている。


「木登りは得意か?」


「……え?」


 木登りは屋敷へ忍び込むために覚えましたと言うわけにもいかず、オレは黙って頷いた。

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