第55話 もうひとつの世界

「この世界がどうなったか、その目で見て、その耳で聞けばいい。気が済んだら呼んでくれ。そうそう、これは私の弟子だ。これはこの世界のことはなんでも知っているので、聞けばいい。まぁ、ガイドみたいなものだな」


 神様はそう言うと、私とトルデリーゼそして弟子を置いて消えてしまった。


「はじめまして。私はアンジュと申します。上級天使です。神様は他の神様がやらかした事の後始末に追われていまして、あなた方にお付き合いする時間がありません。申し訳ありませんが、私が代わりを務めさせていただきます」


 アンジュはこてんと頭を下げた。


「アンジュ、私はエデルガルトよ。この世界の人間関係を教えてちょうだい」

「かしこまりました」


 アンジュは魔道鏡のようなものをどこからともなく出した。


「お二人が知りたいこれまでのことが動く絵で見てください」


 そこには私が消えたあとの世界があった。


 ただ、私ではなく、エルネスティーネで、誘拐などされていない。そして、ライムントは私が殺されたあと、ミアやヘル公爵、黒幕のクラッセン王を惨殺し、私の墓で自死していたそうだ。そして、エルネスティーネは私の生まれ変わりなどと言われ困っているようだ。


 トルデリーゼに至っては初めから存在すらしていない。


「ねぇ、私はいないの?」


 トルデリーゼがアンジュの襟首を掴んでいる。


「はい。こちらの世界では、歪みを整えた時にトルデリーゼさんは消されました。神様がいらないと判断したようです。こちらの世界はもう、あのクラッセン王はいないので平和なのです。クラッセン王国はクラウベルク王国の属国になりました」


 そうなのね。だったら私達はもうここにいなくてもいいかもしれない。でも、魔道鏡ではなく、自分の目で見てみたい。私はバウムガルテン王城に移動した。


 確かに平和そうだ。


 アーベルがローザリアにお尻を叩かれている。


 のどかだな。


 ここは私の部屋。今はエルネスティーネの部屋になっているのね。エルネスティーネいるかな? 入ってみよう。


 勉強してるのかな? エルネスティーネが振り向く。あれ? 私をじっと見ているような気がする。


「ひょっとしてエデルガルト伯母様ですか?」

「エルネスティーネ、見えているの?」

「はい。肖像画にそっくりです」

「そう。あなたは今幸せ?」

「はい。幸せです。ただ、お父様が私をエデルガルト様の生まれ変わりだと言い、私を次期国王にしようとしているのです。私はクラウベルク王国のファビアン殿下のことが好きなのです。殿下も私を好いてくれています。クラウベルクの王妃殿下は伯母様の親友のベルミーナ様で、二人で一緒に伺い、結婚したいと告げるととても喜んでくれました。クラウベルクの国王陛下もお母様もお祖父様もお祖母様も喜んでくれたのに、お父様だけが『エルネスティーネを次期女王にする、姉上の無念をお前がはらすのだ』と言い、全く話を聞いてくれないのです。伯母様、伯母様は私が女王になることを望んでいるのですか?」


 可哀想に。思わず抱きしめてしまった。馬鹿アーベル! 何を考えているんだ。


 私はエルネスティーネに優しく話しかけた。


「エルネスティーネ、聞いて。私はあなたの幸せを望んでいるわ。あなたが女王になりたくないのならなる必要はないわ。私も女王になんかなりたくなかったの。私の無念は普通に夫の元に嫁げなかったこと。あなたは好きな人と結婚して私の無念を晴らしてちょうだい」


 エルネスティーネは花がほころぶ様な笑顔になる。


「伯母様、お願いします。お父様を説得してください」

「任せて。可愛い姪の頼みだものね。私に任せなさい」


 私は胸を叩いた。



 今度はクラウベルクに飛び、ベルミーナに会いに行った。


 ベルミーナは私に気がつくかしら?


「ベル、私よ。エデルよ」


 私はベルミーナが眠っている枕元に立った。


 私の声が聞こえたようだ。ベルミーナは私を見て、目を見開き固まっている。


「エ、エデル? エデルなの?」

「ええ、会いたかったわ」

「エデル〜、どうして死んじゃったのよ〜。私、哀しくて哀しくて……敵を討ちたかったのに、ライが勝手にひとりで暴れ回って、あなたのところにいっちゃったでしょう。私は何もできなかったわ〜」


 ベルミーナは私に縋り付いて泣く。私も悲しくなってきた。


「ベルミーナ、お願いがあるの。私の姪のエルネスティーネがあなたの息子のファビアン殿下と恋をしているの。私は私がこのクラウベルクに嫁いでこれなかった無念をエルネスティーネにはらしてほしいと思っているの。アーベルが反対しているけど、あなたは賛成してほしいの。そしてエルネスティーネを息子の嫁として可愛がってあげて。私のお願いよ」


 ベルミーナは頷いた。


「わかったわ。エルネスティーネのことは私は大好きよ。あなたによく似ているのよ。みんな賛成しているのにバウムガルテン王だけが、エルネスティーネを次期王女にすると言って聞かないの。あの石頭」

「今からアーベルに会いに行くわ。そして認めさせる。エルネスティーネのことお願いね。じゃあ行くわ」

「待って」


 ベルミーナはベッドから飛び降り、チェストから小さな箱を取り出して私の手に握らせた。


「これは、あなたに渡すはずだったものなの。ライがあなたのために作ったの。近々、お墓に埋めに行こうと思っていたけど、今渡すわ」


 箱を開けるとライムントの瞳の色と私の瞳の色の石のついたペンダントだった。ベルミーナはそれを、私の首にかけた。


「こんどこそ本当のお別れなんでしょう?」

「姿は見えないし、声は聞こえないけど、私はいつもベルの傍にいるわ。ベル、ありがとう」


 私はベルミーナの前から消えた。


 そして、次はアーベルの元に向かう。


 私はいきなり、寝ているアーベルの首を絞めた。アーベルは苦しさからかっと目を開く。


「あ、姉上!」

「エルネスティーネをクラウベルクに嫁がせなさい! さもなくばローザリアに嫌われて口も聞いてもらえないようにする。いいか、アーベル。いい加減に腹を括れ。お前はエルネスティーネを私の身代わりにしようとしている。エルネスティーネは私の生まれ変わりなどではない。エルネスティーネはエルネスティーネだ。エルネスティーネを女王などにしたら、お前を地獄に突き落としてやる。地獄は怖いぞ! よいな。わかったな」

「は、はい」


 ビビリのアーベルはおしっこを漏らしたかもしれないな。


「ローザ、アーベルとこの国をお願いね。エルネスティーネはクラウベルクのファビアン殿下に嫁がせてあげてね。ベルには頼んであるから」

「お義姉様、ありがとうございます。私がアーベルのお尻を叩いて、バウムガルテンを良い国にします。お義姉様は安らかにお眠りください」

「ありがとう。じゃあ安らかに眠るわね」


 私はアーベルとローザリアの前から消えた。


◇◇ ◇


「ただいま。リーゼは?」


 待ち合わせ場所にいるアンジュに聞いた。


「トルデリーゼさんは今いる悪を潰しに行っておいでです。トルデリーゼさんが戻られたら元の世界に帰りましょうか」

「ええ。この世界もみんな幸せそうでよかったわ。アーベルがもうちょっとしっかりしてくれれば言うことないのだけどね」


 私ははははと笑った。


「エデル、待たせたわね。悪を潰しといたわ。これでクラウベルクもバウムガルテンも平和よ」


 トルデリーゼはニヤッと笑った。


「それでは、神様のところにご案内します」


 アンジュに言葉にトルデリーゼはチッと舌打ちをした。


「もう、神様はいいわ」

「申し訳ありません。決まりですので」

「神の世界も面倒なのね」

「はい。でも、あなた方が天に来られるまでには改革しておきます」


 アンジュは不敵に笑った。




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