第52話 あれからのこと(マティーアス視点)

 まさか、またバウムガルテンに戻ってこられるとは夢にも思わなかった。

 バウムガルテン王国を出てから半世紀が過ぎた。

 あれから色々なことがあったが、アビゲイルのお陰でさほど苦労することはなかった。


◆◆ ◆


「マティ、ごめんなさい。クラリッサも助けられなかった」

「仕方がないよ。あいつにまんまと嵌められた私が無能だったんだ。私もすぐに逝く」

「だめよ。あなたは絶対助けるわ。この国を出てすぐにあなたが乗った馬車が崖から落ちるようなの。だからあなたは違う馬車に乗るの。これは長い間、婚約者だった私のお願い。いや、命令よ! あなたは生きるの! そして幸せになるの! わかったわね!」


 アビゲイルの気迫は凄かった。私が間抜けだったせいで、アビゲイルはアウグスティーンの妻にさせられるのだ。

 彼女がアウグスティーンの事を嫌っていることはよく知っている。アウグスティーンもアビゲイルが好きな訳ではない。ただ王妃として仕事を押し付けられる有能なアビゲイルが欲しいだけだ。

 きっとあいつのことだから側妃や愛妾をごまんと作るのだろう。


「アビゲイルすまない。私は君の人生を変えてしまった。私は君に頭が上がらないよ。クラリッサとのことも応援してくれていた。今回のこともクラリッサと私が逃げられるように骨を折ってくれた。まさか、クラリッサが処刑ではなく、あんな死に方をするとは……」


 クラリッサとその家族は私に魅了の魔法をかけ、国家を我が物にしようとしたという冤罪で捕らえられ、処刑が決まった。対外的には毒を杯したと発表されたが、牢でアウグスティーンに自分のものになれば助けてやると言われ、手籠にされそうなり、舌を噛んで自害したそうだ『私は身も心もマティーアス様のものです。あなたのような、下衆に汚されてまで生きていたくありません』と言い残したと門番が教えてくれた。


「アウグスティーンと差し違えてもいい。敵を討ちたい」

「今はとりあえず逃げて。必ず敵は討つわ」


 アビゲイルはそう言うと私に魔法をかけた。


◇ー◇ー


 気がつくと私はクラッセン王国の辺境伯家にいた。

 アビゲイルが私の身柄を辺境伯に託してくれていたのだ。


 私の乗っていた馬車はアビゲイルが言った通り崖から落ちたそうだ。


 辺境伯は私を鍛えてくれた。そして私は辺境伯の娘と結婚した。


 そんなある日、クラッセン王国でクーデターが起き、第1王子が王を討ち取り、自分が王になった。そこから平和だったクラッセン王国はとんでもない国になっていった。

 まるで、弟、アウグスティーンのやり方を真似ているかのようなやりようだ。いずれクラッセン王を殺らなくてならない時が来ると思った。クラッセン王の侍女をしていた娘は『もうあんな王の傍にはいたくない』と次男を連れて戻ってきた。

 私は義父から教わった全てをこの孫に教え、王宮に入れた。王宮には父親と兄がいる。まさかクラッセン王の動向を見張らせるためだとは誰も思わなかったようだ。

 

 アウグスティーンが酷い死に方をしたと聞いた時は嬉しかった。アビゲイルが私の無念をはらしてくれたのだと男泣きに泣いた。


 それからしばらくして、クラッセン王がバウムガルテン王国を我が物にしようと、バウムガルテンの男爵を引き入れ、魅了の魔法を使いあの時と同じようなことを画策していると、孫から聞いた時は驚いた。まさかあの魅了の魔法が本当にあったなんて。

 私は止めることができなかった。その時、病にかかり動けなかったのだ。

 神はいないのか? と絶望した。しかし、計画は失敗。有能な女王が誕生したと安心したのも束の間、またクラッセン王は女王を亡き者にしようとした。女王は九死に一生をえたが、眠ったままになってしまった。

 なんとか若き国王と王妃、前国王夫妻、太王太后のアビゲイルがふんばり、クラッセン王に入り込まれないようにしていたのに。


🐦‍⬛🐦‍⬛ 🐦‍⬛


「マティ、この件が片付いたらクラリッサのお墓参りにいかない?」


 アビゲイルが言う。


「墓があるのか?」

「当たり前よ、あるわ。あいつに見つかったら大変だからこっそり作っていたんだけど、あいつを地獄に落とした後、そこに小さなチャペルを建てたの。クラリッサとその一族がそこで眠っているわ」


 私にとっては空にいる神よりアビゲイルの方がよっぽど神だ。


「早くカタをつけよう」

「そうね。あの暴君が消えたあとのクラッセンはあなたとあの元気な孫が引っ張ればいいんじゃない? あなたは国王になるべき人なのよ」


 アビゲイルはふんと鼻を鳴らした。


「もう、国王はいい。孫に任せるよ」


 私はふっと笑った。

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