第39話 心の声

 移動魔法でバウムガルテン王国の王宮に着くと、アーベルとローザリアが待ち構えていた。


「捕らえたの?」

「ええ、エジンバラが捕らえました。今、牢に入れています」


 ライムントがアーベルの顔を見た。


「尋問したのか?」

「あぁ、でもダンマリだ」


 黙秘か。そりゃそうだな。とりあえず、私達はエジンバラから詳しいことを聞くことになった。


 私達の前に現れたエジンバラはかなりやつれていた。


「調べたところ、ヘル男爵夫人の姉の夫がクラウベルク王国出身の魔導士でした。クラッセン王国では魔導士が少なく、王家とも繋がりがあるようです。それと、姉の娘がクラウベルク王国の魔法学校で、エデルガルト様やライムント殿下に面識があるようです」


 私とライムントに面識? だれだろう? クラッセン王国からの留学生なんていたかな? 全く覚えてないわ。


 私達は牢にいるヘル男爵夫人の姉とその夫と娘に会うことにした。

 

 王宮の地下にある牢に3人はバラバラに入れられていた。娘がいる牢の前に私達が立った瞬間罵声が聞こえてきた。


「あんた、まだ生きていたの。早く死になさいよ!」


 ん? 誰だ? 私に恨みがあるのか? 女は鉄格子を両手で握りしめて睨んでいる。私は念話でトルデリーゼに話しかけた。


『リーゼ、この女知ってる?』

『知らないわ。ちょっと心を読んでみるわね』


 トルデリーゼは女をじっと見る。


「ライムント様!」


 女が突然、叫んだ。


「ライムント様、私を助けにきて下さったのですね。私はずっとお待ちしておりました。やはり私を愛してくれているのですね。嬉しい」


 ん? なんだ?


 ライムントを見ると、眉をしかめ、不快な顔をしている。怖い。


「お前は誰だ? 何を言っている」


 女はシナを作りくにゃくにゃしだした。


「あなたのカミラですわ。あんなに愛し合った仲ではありませんか?」

「知らん」


 ライムントはこめかみをピクピクさせ、真顔で斬り捨てた。


「この女が従姉妹のミアを不幸にしたのです。この女が死ねばミアはエアハルト様と幸せになれるし、ライムント様も解放されますわ。そしたら私と一緒になれます。なのに、しぶとい女だわ。早く死ねばいいのよ!」

「お前が死ねばいい」


 ライムントは怒りで我を忘れているようだ。牢の中の女を魔法で殺そうとしている。トルデリーゼが咄嗟にバリアを張った。


「ライ、気持ちはわかるけど、冷静になって」

「すまない。腹が立って……」


 女の心を読んでいたトルデリーゼがため息をついた。


「この女は魔法で精神を拘束されているわ。クラウベルクの魔法学校に行っている時にライムント殿下に懸想していて、エデルに嫉妬していたのよ。それにつけ込まれたのね。殿下と恋仲だったのにエデルに引き裂かれた記憶を植え付けられているわ。どうやらヘル男爵に利用されたようね。ミア達は魔法を解かないまま処刑されてしまったみたい。私が魔法を解くわ」


 トルデリーゼはパチンと指をはじき、呪文を唱えると女は意識を失った。


「ほっとけばいいわ。意識が戻ったら魔法は解けているはずよ。この様子ならこの女の親達も魔法であやつられている可能性があるわね」


 確かにその可能性はある。


「次は母親のところに行こうか」


 アーベルに言われ、私達は次の牢に向かった。

 ライムントはまだ怒りが収まらないようだ。怒気が身体中から溢れている。私はライムントの手を掴み、回復魔法を流す。


「ライ、大丈夫?」

「あ、すまない。大丈夫だ」


 少しは理性を取り戻したようだ。よかった。


 ヘル男爵夫人の姉は牢の隅で座っていた。


 トルデリーゼは姉をじっと見て、指をパチンとはじいた。


「正気になった? あなた、妹の旦那に魔法で操られていたのよ」


 ヘル男爵夫人の姉は何のことだかさっぱりわからないようで呆然としている。トルデリーゼは彼女の心を読んでいるようだ。


「あなた、クラッセン王国の王宮で働いていたのね。ははん。国王の愛妾だったのね。魔導士の夫とは王命で結婚はしたけれど、愛妾のままか。娘は魔導士の娘。ややこしいわね。妹の旦那に魔法で操られて、国王と繋げたのね。ヘル男爵は国王にバウムガルテン王国の乗っ取りを持ちかけた。自分達は精神拘束魔法が使える。あなたのお役に立てるはずと言った。国王はバウムガルテン王国がほしい。男爵は地位と富がほしい。ふたりは手を組み、あなたの家族は巻き込まれた。そういうことね」


 トルデリーゼの言葉にヘル夫人の姉は身体をガタガタと振るわせている。


「そ、そんな。妹にそんな目に遭わされるなんて……」


 彼女も被害者か。


「ナイフに回復魔法無効化の付与をしたのはあなたの夫か?」


 アーベルが彼女に問う。


「はい。国王陛下に命令されました。国王の命令は絶対です。逆らえば殺されます。バウムガルテンの女王が死ねば皆幸せになれる。娘の為に、姪の為にやれと言われました。まさか魔法にかけられていたなんて……」


 頭を抱えている。


「あっさり吐いたな」

「正気になったからね」

「なんだか辛いわね」

「エデルはこんな奴らに情けをかけなくていい。いちばんの被害者はエデルなんだよ」


 ライムントにそう言われたが、私がいちばんの被害者はというわけではない。

 エアハルトだって、この人達だって被害者だ。ヘル男爵とクラッセン国王が邪な気持ちを起こさなければ、何事も起きなかったのだ。


「私達家族のせいです。全ては私達家族がよからぬことをしたばかりに、あの封印が解け、いろんな人を巻き込んでしまった。全てが終わったら責任を取ります」


 後ろに立っていたエジンバラが弱々しい小さな声でつぶやいた。

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