【閑話】 私は幸せだ(エアハルト視点)

 私がこの国に来てから14年になる。獣人と人間の国なんて最初は勘弁してくれと思った。


 私はここからはるか遠くにあるバウムガルテン王国の王太子だった。嫡男だったばかりに王太子になってしまった。私が王太子、ましてや国王の器ではないことくらい自分がいちばんわかっている。

 それなのに、なんで嫡男に生まれてしまったのか。いちばん最初に生まれた者を跡継ぎになるように法律を改正すればよかったんだ。

 実際、父母はその方向に動いていたらしいが、当時国王だった祖父が許さなかったそうだ。祖父はワンマンな暴君だったような記憶があるが、小さかったのであまり覚えてはいない。

 ただ、怒鳴られたり、殴られたり、いつもお前はダメだと言われていた。その度に姉上が私を庇って祖父にくってかかっていた。私のせいで殴られても祖父に正論をぶつけ向かっていく姿に姉上が国王になればいいのにといつも思っていた。

 祖父は私に国王になる能力がないことをわかっていたので、筆頭公爵の令嬢、ローザリアを婚約者にした。ローザリアを私と一緒に国王教育をし、王妃として国王の仕事もできるようにするつもりだったようだ。

 祖父が見込んだだけあってローザリアは優秀で頭が良かった。すぐに、吸収して覚えた。もちろん私はできない。

 姉上は「良いところを伸ばせば良い。エアはエアの良さがある。エアしかできないことをすればいいの。ローザのことは気にしなさんな」と言ってくれていたが、私のプライドはズタズタだった。

 姉上に負けるのは仕方ない。でもローザリアに負けるのは辛かった。


 ローザリアと私はほとんど会話もなかった。正直な話、私はローザリアが苦手だった。結婚したら、ローザリアは立派な王妃、いや国王代理になるだろう。しかし、私はお飾り国王として人形のように生きていくのか。


 姉上がクラウベルク王国に留学中に知り合った、クラウベルク王国の第2王子と結婚し、クラウベルク王国に行くことがほぼほぼ決まりになった。

 姉上がこの国からいなくなるなんて困る。私は姉上だけが頼りなのに。

弟のアーベルとローザリアがお互いに思いあっていることを知った。やるせなかった。私は邪魔者だ。私さえいなければ全てうまくいくのだ思うと辛かった。なぜ祖父が亡くなった時に王太子を撤回してくれなかったのか、私は何度も父上に頼んだのに。


 そんな時、私の目の前にひとりの女が現れた。学園に編入してきたミアという名の男爵令嬢だった。最初は嫌悪感しかなかったが、気がつくとミアに夢中になっていた。ローザリアと婚約を破棄して、ミアと結婚したい。

 ミアは「私、王妃になりたいわ。あなたを支えたいの」と言ってくれた。

 そして私は卒業パーティーの場でローザリアに婚約破棄を告げた。

 やった! これで愛するミアと結婚できる。ローザリアだって嫌いな私と別れて、アーベルと結婚すれば良い。あとで父から王命を出してもらおうと思っていたのに。


 まさか、禁忌の魅了の魔法にかかっていたなんて……。


 私は廃嫡となり、遠く離れたこのシューリヒト王国の女王の王配になった。

 王配といってもたくさんいる王配のうちのひとりで、女性に例えるなら側妃、愛妾の部類らしい。特に仕事もなく、仕事といえば子供を作ることくらいらしい。そう聞いていたのに、実際は全く違った。


 このシューリヒト王国はほぼ鎖国のような状態で他国とはあまり交流がない。バウムガルテン王国とは一応は友好国なのだが、敵対していないという程度の友好国であった。

 国の周辺は分厚い結界が張られ、勝手に入ることはできない。間者や諜報員も全く入れない。悪意を持った者は弾かれ中には入れないのだ。

 どうして私がこの国に婿入りすることになったのか、それは姉上が留学しているクラウベルク王国が仲介に入ったようだ。魔法大国のクラウベルクおとこの国は結構懇意にしている。国の周囲の強力な結界もクラウベルク王国の魔導士が張ったそうだ。

 姉上は私にとっていちばんいい場所を用意して、父上に進言してくれたのだな。でもこんな国嫌だった。


 この国は一風変わった国だった。


 私は女王の王配ということで来たのだが、第2王女のナターリエが私を見るなり「番だわ!」と叫び、私達は結婚することになった。

 この国は獣人と人間が半々くらいいる。獣人なるものを私はここに来て初めて見た。そして番という言葉も初めて聞いた。番とは魂が決めた伴侶らしい。出会える確率は低い。出会えたらこの上なき幸せなのだそうだ。番は全てを優先するらしい。

 私はピンと来なかったが、ナターリエといると本来の自分でいられるような気がする。焦りも嫉妬もない。穏やかな世界。ナターリエは私になんでもやりたいことをすればいいと言った。ただ女と遊ぶのだけは許さないと。まぁ、私は別に女好きではないし、ナターリエといると心地良いのでナターリエから離れるつもりはない。

 私は元々好きだった絵画を描くことにした。あれから14年、今では一端の画家だ。エアハルト・シューリヒトの名はこの国では結構有名だ。


 ナターリエと結婚し、子供も4人いる。

あんなことがあったが、私はラッキーだった。


「ねぇ、エア、エデルガルト様って確かあなたのお姉様よね?」


 妻のナターリエが不意に言った。


「そうだよ。もう長いこと会ってない。姉はクラウベルク王国の第2王子と結婚して幸せに暮らしているんじゃないか?」


 私はいつものように絵を描きながら妻の問いに答えた。


「それがちがうみたいよ。うちの国は鎖国しているからあんまり他国の情報がはいらないから知らなかったけど、あなたがこちらに来てからミアって人に刺されて11年ずっと眠っているそうよ」


 え? どういうことだ。姉上がミアに刺された?

 私は衝撃が強すぎてオロオロしてしまった。


「一度クラウベルク王国に行ってみない? 公務で招待されているの。お義姉様はクラウベルクにいるらしいわよ」


 妻の言葉に頷いた。


 姉上、いったいどうなっているんだ。

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