第17話 心のうち(ライムント視点)

 全くトルデリーゼには困ったものだ。


 あいつがエデルガルトの護衛になると聞いた時は、驚いたが安心もした。あいつが傍にいるならと。


 しかし、あんなにエデルガルトに傾倒するとは思わなかった。


 エデルガルトは私のだ。最近なんだか取られたような気になっている。


 私とエデルガルトが初めて会ったのは私がまだ13歳の時だった。魔力が強く、魔法学校を飛び級で卒業し、中で研究をしていた時、エデルガルトが留学してきた。

 エデルガルトはバウムガルテン王国の王女だった。彼女の祖国はそれ程魔法が盛んではなく、使えても生活魔法くらいだと言う。

 しかし、平和すぎるくらい平和な国なので、国王はすっかり平和ボケで危機管理が甘い。だから自分は国を守る為の魔法を学びに来たと言った。


 私より4歳年上だが、私は精神年齢が老けているのでそれ程歳の差は感じなかった。いつしか、私達は思い合うようになった。


 エデルガルトには弟がふたりいた。第1王子のエアハルトがいずれ国王になる。エデルガルトが他国に嫁ぐのは可能だ。彼女は父母に気に入られていたし、兄の婚約者とも仲が良かった。私はいずれ臣籍降下し公爵となり、エデルガルトはクラウベルク王国の私の元に嫁いでくることになるはずだった。


 あんなことがあるなんて誰が思っただろう。


 魔法大国のクラウベルクの王族の男は皆、精神拘束魔法無効化の処置をされる。禁忌になっているとはいえ、それを使い国を乗っ取ろうと思う者はいつの時代にもいる。備えあれば憂いなしだ。バウムガルテン王国の王族もしていると勝手に思っていた。


「ライ、困ったことになったわ。弟のエアハルトが変な女に引っかかって、卒業パーティーで冤罪をかけて婚約破棄をしたらしいの。一旦国に戻るわ」

「私も行く」


 思わずそう言って、私の移動魔法でバウムガルテン王国に飛んだ。


 その時のエデルガルトはまだ移動魔法が使えなかった。


 王宮に到着すると、てんやわんやになっていた。


「エデル、よく戻った」


 国王が迎えてくれた。


「お父様、お母様は?」


 エデルガルトは妃殿下がいないのを不審に思っているようだ。

「あれは、軟禁した。王妃宮にいる」

「軟禁? どう言うこと?」


 エデルガルトは怪訝な顔をした。


「姉上、おかえりなさい。ライムント殿も一緒でしたか。紹介します、私の婚約者のミアです」


 エアハルトが挨拶をし、女を紹介した。


「ミアです。よろしくお願いしまぁす」


 女はエデルガルトを無視し、上目遣いで目をぱちぱちさせながら私を見ている。


 ははん、そうか。私は女を無視し、エデルガルトに耳元で囁いた。


「エデル、魅了の魔法だ」

「えっ?」

「今から解除する。国王は浅いからすぐ解けるだろう。エアハルト殿は深くかかっているようなのですぐには無理だ」


 私はすぐに無効化の魔法で魅了を解いた。

城中の男の魔法は解けたが、エアハルトだけは予想どおり深くかかっていた為、完全に解けてはいなかった。


 女に魅了封じの魔法をかけた。


「魅了の魔法よ。この女を捕えなさい!」


 エデルガルトが叫ぶ。正気に戻った騎士達に女は取り押さえられた。


「助けて! エア。私は魅了の魔法なんか使ってないわ!」

「姉上! 何を言っているのですか! ミアがそんなことをするはずがない!」


 エアハルトはエデルガルトに詰め寄り殴り掛かろうとしたので、私は拘束魔法をかけた。


「誰かお母様を助け出して!」


 エデルガルトが叫ぶ。


 正気になった国王は何が起こったのか理解できずにぼんやりしている。


 妃殿下は女を毛嫌いし、エアハルトと婚約者の婚約破棄も、女との結婚を認めなかった為に魅了の魔法にかかった国王の命令で自室に軟禁されていた。


 それからは早かった。エデルガルトは国王にエアハルトを廃嫡させ、他国の女王の王配にした。あの国は多夫一妻の国だ。王配といってもたくさんいる夫のひとり。しかし王配には違いない。それから国王を退位させ、第2王子のアーベルを王太子にし、エアハルトの婚約者だった令嬢をアーベルの婚約者にした。

 アーベルが成人するまで自分が国王代理となり、国を改革した。私もエデルガルトの改革を手伝う為に王宮に留まり手足になった。

 アーベルが成人し国王になったら私と共にクラウベルクに戻り結婚するつもりでいた。1日も早く改革を終わらせたかったのだ。


 しかし、エデルガルトは人気が出過ぎてしまった。元々国王になどなりたくなかったアーベルは議会を巻き込み、エデルガルトを国王にしてしまった。


 私は他国の王配になることはできない。クラウベルクの王族は他国へ永住することは禁じられている。

 それでもエデルガルトと結婚したい。その為に何か手立てはないかと策を練っていた時、エデルガルトが暗殺された。

 刺された刃物には回復魔法無効化の付与があり、気が動転していた私は助けることができなかった。


 私はそれまで天才魔導士と呼ばれていた。自分の魔法でできないことなどないと自負していた。それなのに、愛する人を助けられなかった。なぜあの時、無効化を無効化する魔法をかけなかったのか。

 自分がしっかりしていればエデルガルトは助かったのに。悔やんでも悔やみきれなかった。その日、私から光が消え、私は生きる屍となった。


 アーベルが国王になった。アーベルはそこそこ優秀だった。それに妃殿下のローザリアは幼い頃からエアハルトを支えるために選ばれた優秀な令嬢だ。王妃教育の他に王としての教育もうけていたので、エデルガルトが行った改革の成果もあり、ふたりで頑張り、なんとか国は平静を保っていた。


「ライムント様、妃殿下がお呼びでございます」


 なんだ。私に何の用があるんだ。子供を見せるつもりか。面倒だと思ったが仕方ない。こんな格好だが行くとするか。髪も髭も伸び放題だがいいだろう。


 妃殿下の部屋に行くとそこには小さなエデルガルトがいた。ひと目見てエデルガルトだと分かった。


 エデルガルトが生まれ変わってまた私の前に現れてくれた。


 私は神に感謝した。今まで散々罵った事を詫びた。

 もう二度とあんな思いはしたくない。エデルガルトを守る。私は神に誓った。



「ライムント殿下、重い男は嫌われるわよ」


 トルデリーゼはいつもそう言って笑う。トルデリーゼとも腐れ縁だ。

 9歳の振りはしているが、トルデリーゼは私よりも年上だ。魔法によって9歳にされている。魔法というより呪いかもしれない。

 魔法省で研究はしているが、なかなか完成には至らない。


 まさか、トルデリーゼとエデルガルトを取り合う日がくるとはな。


 さぁ、私も研究室に戻ろう。私は移動魔法で元いた研究室に戻った。





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