第9話 カミングアウトしました

 その日のディナーはギルベルト殿下の家族と一緒だった。


 ギルベルト殿下は王宮にいる時はできるだけ家族で食事を一緒に食べるらしい。殿下は家族を大事にしているのだな。


 私はディナー用のドレスに着替えてライムントのエスコートでダイニングルームに向かった。


 ダイニングルーム横のウェイティングルームでみんなは私を待ってくれていたようだ。恐縮してしまう。


「お待たせいたしました。遅くなってすみません」


 とりあえず頭を下げた。


「大丈夫だよ。私も今来たところだから。エデル、そのドレスとても似合っている。可愛いな」


 ギルベルト殿下に褒められて、ちょっとうれしくなる。


「エデル、うちの子供達を紹介するわね」


 ベルミーナが私の前に出た。


「こちらが嫡男のファビアン10歳、次男のハウル7歳、三男のアロイス5歳よ」

「バウムガルテン王国から参りました、エデルガルトと申します。エデルとお呼びください。2年間お世話になります。よろしくお願いします」

カーテシーで挨拶をした。3人とも綺麗な金髪で紺碧の瞳のイケメンだ。ギルベルト殿下もライムントも同じなので王家の色なのだろう。

「嫡男のファビアンです。ビアンと呼んで下さい」

ファビアン殿下は10歳にしては背が高い。ギルベルト殿下やライムントとよく似ている。

「次男のハウルだ。ハウって呼んでくれればいい。こんな可愛い令嬢がうちに来てくれるなんて嬉しいなぁ。同じ年だし仲良くしよう」

同じ年か。少し癖っ毛でウェーブがかかった金髪がオシャレっぽい。フランツと比べると柔らかい雰囲気だ。社交的だな。

「三男のアロイスだよ。アロって呼んでね。一緒に遊ぼうね」

あざと可愛い感じだな。自分が可愛いことがよくわかっているようだ。


「お前たち、エデルは私の婚約者だからな。邪な気持ちを持つんじゃないぞ」


 ライムントの声がした。全くおとなげないわね。


「叔父上、エデルガルト嬢と叔父上は20歳も歳が離れているではありませんか? 叔父上は幼女趣味なのですか? 私はこの婚約はなんだか違和感しかありません」


 ファビアンはライムントにくってかかった。


「18だ! 幼女趣味ではない! 違和感があろうがなかろうが、これはお前が生まれるずっと前から決まっていたことだ。そして私とエデルの二人で決めた事だ。お前にとやかく言われる筋合いはない」


 ライムントにしては珍しく感情的だ。ファビアンはライムントを睨みつけている。


「二人で決めたとおっしゃいますが、エデルガルト嬢はまだ7歳です。叔父上に丸め込まれている恐れもあります。私はエデルガルト嬢が自分できちんと決められる年になるまで一旦婚約は解消するべきだと思います」


 火花が散っているようだ。


「まぁまぁ、二人とも落ち着きなさい。この話はこれくらいにして食事にしよう。ベル、エデルを席に案内してくれ」


 上手く二人を引き離すように言葉を出したのはギルベルト殿下だった。


「そうね。お馬鹿さん達は放っておいて食事にしましょう。エデル、今日はエデルの好きなものを沢山作ってもらったのよ」


 私はベルミーナに促されダイニングルームに入り、椅子に座った。


「母上、お馬鹿さんとは心外です」


 ファビアンは苦虫をを噛み潰したような顔をしている。ベルミーナは見たこともないような厳しい顔をして、ファビアンを見た。


「お馬鹿さんはお馬鹿さんです。ファビアンもライムントも冷静になりなさい」

「申し訳ありませんでした」


 ファビアンは不服そうな態度だが、とりあえず謝罪をし、席についた。ベルミーナは私を見て微笑む。


「ごめんねエデル、どうやらビアンはエデルに一目惚れしちゃったみたいね。ビアンにはまだ詳しい事情は話してないから、ライと火花を散らしちゃったわね」

「母上、詳しい事情とは何ですか?」


 ファビアンはベルミーナを睨んでいる。


「そのことは食事が済んでから私が話そう。今はとにかく食べよう」


 ギルベルト殿下がファビアンを諭した。


 食事が終わったあと、場所をサロンに移した。ギルベルト殿下、ベルミーナ、私、ライムント、ファビアン、ハウルの6名がソファーに座る。末っ子のアロイスは眠いので乳母と部屋に戻った。


「父上、詳しい事情を教えていただけますか?」


 ファビアンがギルベルト殿下に問うと、ギルベルト殿下はふふふと苦笑している。


「まぁ、慌てるな。お前は少しせっかち過ぎる。次期王太子としてはもっと落ち着きが必要だ」

「そうね。ビアンは直情的だから、そのままじゃ足元を掬われるわ。もっと気をつけないとダメよ」


 ベルミーナも心配そうだ。多分ファビアンは真面目な熱い男なのだろう。しかし、感情が漏れては王太子、国王には向いていない。ということは次の王太子はハウルなのだろうか。

しかしハウルも王太子、国王の器ではないような気がする。まだ子供だからなんとも言えないがハウルはトップではないな。

アロイスはまだ小さいからよくわからない。

まぁ、アーベルでも国王をしているのだから誰でもできるといえばできるのだが。


 私が脳内で色々考えているうちに目の前にはお茶が用意されていた。


「エデル、我が国は酪農も盛んなのよ。お茶にこのミルクを入れて飲むと美味しいの。飲んでみて」


 ベルミーナはメイドに目配せをして私のカップにお茶とミルクを注がせた。ギルベルト殿下以外のみんなもミルクのたっぷり入ったお茶だ。


 私が不思議そうにギルベルト殿下のカップをみていると、ハウルがクスッと笑った。


「父上はお腹が弱いから、ミルクは控えめにしているんだ。あんまり飲むとピーピーになるんだよ」

「レデイにピーピーなどと言うな!」


 ハウルは隣に座るファビアンから拳骨を貰った。この辺りが国王に向かないところだな。


「ごほん。そろそろ本題に入ろうか」


 ギルベルト殿下が咳払いをし、話題を変えた。お腹が弱い話が恥ずかしかったのだろう。


 ファビアンとハウルは真面目な顔になり、背筋を伸ばした。


「このエデルガルト嬢のことなのだがな、エデルガルト嬢はバウムガルテン王国の前の女王の生まれ変わりなのだ」

「父上、真面目な顔をして何の冗談ですか? ちゃんと話をして下さい」


 ファビアンは呆れた顔をして冷たく父親のギルベルト殿下に言う。


「人の話を最後までちゃんと聞かないのがあなたのダメなところね。お父様の話をちゃんと聞きなさい」


 ベルミーナがファビアンに諭すように話す。


「申し訳ありません。しかし生まれ変わりなどとつまらない冗談をおっしゃるから……」

「冗談ではない」


 ファビアンの言葉にライムントが突っ込んだ。


「ファビアン、よく聞け。これは冗談ではない。このエデルガルト嬢は8年前在位1周年のパレードの時に暗殺されたエデルガルト女王の生まれ変わりなんだ。生まれた時からちゃんと前世の記憶もあるそうだ。我が国に留学してきたのは、魔法の勉強のためでもあるが、殺害した犯人を探す目的もある」


 ギルベルト殿下が低い声で重々しく話す。ファビアンが黙り込むと今度はハウルが口を開いた。


「へぇ〜。生まれ変わりか。面白いね。だから叔父上は必死で兄上を威嚇していたのか。エデルは姿形は7歳でも中身は30歳を超えているわけか」


 超えてない!


「超えていないわ。ハウル、レディに年齢の話はダメよ。あなたはデリカシーがないわね」


 同じ年のベルミーナはハウルを叱ると、ギルベルト殿下はゆっくりと噛み締めるように話しだす。


「エデルガルト嬢は前世で我が国の魔法学校に留学していてな。そこでベルミーナと同級生だったのだ。ふたりはとても仲が良かった。エデルガルト嬢が亡くなった式典には私達もファビアンを連れて参加していたのだが、ベルミーナは親友の死にしばらく泣き暮らしていた。ライムントなどは生きる屍のようになった。ふたりともこのエデルガルト嬢が生まれ変わってくれて、また復活できたのだ。この国でもエデルガルト嬢は狙われるかもしれない。我が国も護衛や影は付けるが、お前達もエデルガルト嬢を守ってほしい」


 ベルミーナにも哀しい思いをさせちゃったのね。


「分かりました。私はエデルガルト嬢を守ります。母上と同じ年齢で子供の身体では大変なことも色々あると思います。子供は子供同士です。ハウルと一緒にフォローしたり、守ったりしていきます」


 ファビアンはやっぱりしっかりしているな。


「父上、母上、トルデリーゼをつけてもらえますか? リーゼは多分エデルと同じ年です」

「トルデリーゼか。名案だ」

「そうね。トルデリーゼなら安心だわね」


 誰だ? トルデリーゼ? 初めて聞く名前だ。


 私が転生者だとファビアンとハウルに無事カミングアウトすることができた。国王陛下や妃殿下はすでにご存知だそうだ。私は明日、挨拶に行くらしい。


 国王陛下との挨拶より、トルデリーゼが気になる私だった。




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