第2話 二度目の人生が始まった
どういうこと? 死ぬ間際に聞いたあの声あれは神様だったのかしら?
私は生き返らせろと言ったのよ。生まれ変わらせろとは言ってないわ。しかも、アーベルの娘? 勘弁して欲しいわ。
「ローザ、ありがとう。元気で可愛い姫を産んでくれて本当にありがとう」
アーベルはローザリアの手を握っている。
「アーベル様、この子はやっぱりエデルお義姉様の生まれ変わりよ。ほら、髪の色も眼の色もお義姉様と同じ。顔も似ているわ」
ローザリア、こう言ってはなんですが、アーベルも同じ髪色で同じ眼の色、顔も姉と弟だから似てるのよ。つまり私はアーベルに似てるのであってエデルガルトに似ているわけじゃないの。
ほら、アーベル! なんとか言え。私はアーベルの顔を見た。アーベルも私の顔をじって見ている。
「ローザ、この子は私に似ているんだよ。この髪色と眼の色はバウムガルテンの王家の色だ。姉上も私も父上もそうだよ。君が姉上を慕っていたのはよく知っている。でもこの子は私達の娘で姉上ではないんだ」
「わかっているわ、そんなこと。この子は私達の娘でお義姉様じゃない。でもお義姉様の生まれ変わりなのよ」
はぁ〜。私はため息をついた。ローザリアは一本気で頑固者だ。言い出したら聞かない。まぁ、生まれ変わりなのは確かなんだから仕方ないか。
それより、あれからこの国はどうなっているのだろう? あの時はまだローザリアは懐妊していなかったはず、私が死んでから妊娠したということはあれから1年は経っているということか。みんな部屋から出ていき、ローザリアとふたりっきりになった。ローザリアは私を抱きしめる。
「エデルお義姉様なんでしょ? やっぱりアーベル様じゃ心配で生まれ変わってきてくれたのですね。生まれ変わってきてくれてありがとうございます。あの事件もミアは捕まって死罪になったけど、ミアの後ろにいた者を捕まえることはできなかったの。ライムント様はお義姉様が亡くなってから死んだように部屋に閉じこもって出てこないし、アーベル様はちょっと頼りないところもあるし、お義父様とお母様が支えてくれているけど、私大変なの。お義姉様、早く大きくなって」
部屋の隅に控える侍女に聞こえないくらいの小さな声で私に話しかける。
アーベルの奴、ローザリアに頼りすぎだな。しっかりしろよ。それにライムントは何をやっているんだ。ライムントに会わないといけない。くそっ、言葉が話せたら。
「そうだ。この子に会えばライムント様は正気に戻るかもしれない」
ローザリア、ナイス! 私をライムントに合わせて欲しい。
ローザリアは侍女を見た。
「ハンナ、ライムント様を呼んできてくれないかしら? この子に会わせたいの」
「承知いたしました。すぐに呼んでまいります」
侍女は部屋から出ていった。
「お義姉様、ライムント様はあなたがお義姉様ってわかるかしらね。ふふふ」
ローザリアは楽しそうに笑っている。分からないだろう。ライムントはそういうの信じないタイプだ。アーベルだってわからなかったしね。
「ライムント様はきっとわかると思うわ。お義姉様のこと、とっても愛しているもの。お義姉様が亡くなってからの塞ぎ込みようは尋常じゃないの。まるで廃人のようだもの。ライムント様に元気になってもらってこの国の為に色々やっともらわないといけないのに。男の人は本当にダメね」
ライムント、何やってるんだ。死ぬ前にあんなに頼んだのに。
―コンコン
扉を叩く音が聞こえた。
「王妃様、ハンナでございます。ライムント様をお連れいたしました」
「入って頂戴」
来たか、ライムント。
「お義姉様、ライムント様を見たら激怒するかもしれませんわよ」
ローザリアはクスクス笑う。激怒って何よ?
「王国の輝ける月、王妃様にご挨拶申し上げます。この度は姫のご誕生、誠におめでとうございます」
ライムント?
「ライムント様、もっと近くにきてこの子を見てあげて」
「はい」
ライムント! 何!
「激怒でしょ?」
ローザリアよ、確かにこれは激怒ものだわ。
私は思いっきりライムントを睨みつけた。
生まれたての赤ちゃんに睨まれても怖くないだろうけど、ライムントの不甲斐ない姿を見たら腹立たしくて仕方ない。
ライムントは髪も髭も伸ばし放題。痩せてガリガリ。あんなにしっかりついていた筋肉はどこにいったのよ。別人だわね。見る影もない。
近づいてきたライムントと私は目が合った。喋れないので目で『その体たらくは何? 私が死ぬ前に頼んだこと忘れたの? 私が死んでからあなたは何をしていたの? しっかりしなさい!』と訴えた。
ライムントは私を見て固まっている。
「エデル……」
は?
「エデルなのか?」
ライムントはベットに駆け寄ってきて、跪いた。
「戻ってきてくれたんだ。エデル〜、会いたかった〜。私を置いて行ってしまうなんて酷いよ〜。うわぁ〜ん」
小さな小さな私の手を握り号泣している。ローザリアも引いている。
「ライムント様もやはりこの子がエデルお義姉様の生まれ変わりだとわかりましたか」
「あぁ、間違いない。私の姿を見て激怒している。この眼はエデルだ。エデル〜、会いたかったよ〜」
ライムントはひとしきり泣いた後、立ち上がった。
「エデル、身なりを整えてくるよ。こんな姿を見せるわけにはいかない。エデルにはカッコいいと思われたいからね」
とりあえず頷いた。
「やっぱり」
カッコいいと思っていたわ。背が高く、筋肉質でごっつい感じが私の好みだったわ。身体は厳ついのに顔は童顔で可愛い。ぶっきらぼうだけど優しくていつも私を包み込んでくれた。それが今は何? とにかく髪と髭をなんとかしなさい。私は眉根を寄せた。
ライムントは脱兎の如く、部屋からでていった。
「やっぱり、ライムント様はお義姉様がわかるのね。愛だわ〜。お義姉様、ライムント様をあんまり怒らないであげてね。お義姉様を愛しすぎていたから、亡くした喪失感がすごかったのよ。お義姉様が亡くなってこの国の民はみんな喪失感に苛まれたの。喪が明けても皆元気が出なかったの。姫の誕生でまたこの国は活気付くはずよ。やっぱりこの国にはエデルガルト・バウムガルテンがいないとダメなのよ」
いやいや、そんなことはない。アーベルがキチンとやればいいのだ。
―コンコン
「私だよ。入るよ」
アーベルか。
「ローザ、その子の名前なんだけどね」
「エデルガルトよ。この子はエデルガルト・バウムガルテン」
「何馬鹿なことを言っているんだ。いい加減に姉上のことは忘れるんだ」
アーベルは思ったより普通だな。常識人でよかった。
「ライムント様もエデルお義姉様だとすぐにわかったわ。アーベルはなんでわからないの?」
「ライが?」
「ええ、戻ってきてくれたんだ〜って大号泣だったの」
「ライは今どこに?」
「身なりを整えに行ったわ」
アーベルは私の目をじっと見る。
「君は姉上なのか?」
さて、どうしたものか?
「姉上……」
ん? なんでわかった。
「姉上は考えている時、左上を見るんだ。姉上なのか?」
そんな癖、今まで気がつかなかったわ。
ーコンコン
「ライムントです。入ってもよろしいですか?」
「ライムントか」
アーベルが扉を開けにいった。
「お前どうした?」
「あぁ、すっきりしたよ。久しぶりに湯浴みをして、身の回りを整えた。あんなままではエデルにぶっ飛ばされるからな。まぁ、今は赤ん坊だから大丈夫だと思うが」
すっきりしたライムントは良い笑顔だ。
「わかった。お前達がそこまで言うならこの子は姉上の生まれ変わりなんだろう。私も信じるよ」
アーベルも信じたか。
どうやら私はまたエデルガルト・バウムガルテンとしてもう一度初めから生き直すことになった。しかも前世の記憶を持ったまま。弟夫婦の娘として。
私の新しい人生はどうなるんだろう? それにしてもまた同じ名前って、そのまんまじゃないの! 違う名前にしろと訴えてみたが全く届いてないようだ。
こうして私のエデルガルト・バウムガルテンとしての二度目の人生がはじまった。
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