第26話 憧れる相手は

 先輩方のお手伝い、という当初の目標は達成した。


 しかし学校が終わってから事務所へ行き、手伝いをして帰るのは夜遅く、という生活を繰り返していたので、学校での授業中爆睡してしまうという、駄目駄目学生にありがちな自堕落な事をかましてしまっていた。


 そして待ちに待った土日休み。

 だというのに、俺の足は事務所へと向かう。


 何度見ても毎日お洒落な倉本にメイクをしてもらう。

 同じ服を着ている所を見たことが無いが、一体何着服を持っているのだろう。


 お相撲さんが四股を踏めば崩れてしまいそうな、安普請な事務所の廊下を通って社長室へと入る。


 桂木遥社長は、俺が来るタイミングをはかっていたかのように、扉の前で仁王立ちをしていた。


 しかしその姿が、いつものデキる女風なパンツスーツではなく、上下とも紺色のジャージだ。


 相変わらず活舌の良い口調で、はきはきと話しかけてくる。


「おはよう朝陽ユキ。

 ここ数日間どうだった」


「……うちわを煽ぎまくり、ファンに脅迫されて、ションベンちびりかけました」


 素直な感想を言うと、社長はくすくすと笑った。


「いい勉強になっただろう」


「ええ、あと、もう一つ分かった事があります」


 ウィッグが少しずれているような気がして、それを直しながら言うと、社長は、


「ほう、それはなんだ?」


 と尋ねてきた。


「みんな、理想とする憧れの人がいて、それに向かって努力しているのだという事が分かりました。

 吉ノ進は主役の時代劇俳優、牙城さんはジミー・ヘンドリック、舞ちゃんは昔試合を見に行った女子プロレスラー」


 そう語ると、社長は小さく頷く。


「……ふむ、そこまで分かれば上等だ」


 つかつか、と歩み寄り、社長は俺の顔を覗きこむ。


 その眼鏡のレンズと瞳に映った、可愛らしくメイクされた『朝陽ユキ』の顔。


「では君が憧れ、目指すのは誰だ?」



 真価を図られている。


 俺がとんでもないクズ野郎か、それとも金をかけて売り出すに値する金の卵かを、判別するような問いだった。



 嘘をつく訳にもいかない。

 俺は静かに、瞳を反らさず、


「小学五年生の時の俺です」


 と答えた。


 意外な答えだったのだろうか。

 社長は面食らったように口を閉じた。

 驚いた顔はいつもの自信満々な表情と違い、すこし子供っぽい。

 

 おそらく、若くして社長として過ごすために、普段は偉く見えるようにしているのだろう。

 気が抜けた時は、ただの年上の女性といった感じだ。


 しかし、すぐに社長は凛とした表情を作り直すと、


「いいだろう、合格だ朝陽ユキ。

 ついてきなさい」


 と、人差し指を動かし、俺を部屋の外へと促した。

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