第23話 両者睨み合って

 スポットライトが当たった中央のリング。


 レフリーがなにやらルール説明をしている。

 会場は今か今かと殺気立っている。プロレス好きの血気盛んな男たちが、コールを続けている。


 俺はもう気が気でない。

 ドリンクとタオルを手に持って、リングの隅で縮こまっていた。


 女子プロレスラーとして活躍する舞のセコンドとしての仕事を抜擢されたはいいものの、すでにすっかり怖じ気付いてしまっていた。


 俺は昔から文字通り虫も殺さぬような穏やかな性格だ。

 喧嘩などしたこともないし、暴力的な映画やドラマを見ることさえあまり好きではない。


 なのに、目の前で好きな女の子の殴り合いを見なければいけないなんて。


 おそらく対戦相手のセコンドなのだろう、若い男性が強い視線で睨みつけてきた。


 俺も気持ちでは負けないように睨み返しながら、内心早く試合が終わってくれ、祈り続けている。


 ウィッグの毛先を落ちつき無くいじりながら、貧乏揺すりをしていたら、次の瞬間会場の照明が暗転した。


 リングにだけライトが当たる。

 そして、大音量の出囃しと共に選手が入場してきた。


 最初に出ていたのは、対戦相手だ。



「ミチコ・ザ・デストロイ、入場ぉぉぉおおお!」



 名前からしてイカレてるだろうと思わずに入られないが。


 スパンコールの付いたレオタードの衣装に身を纏ったミチコ・ザ・デストロイが拳を掲げながらリングに上がる。


 ショートカットの髪に、細いながら鍛え上げられた体。

 気の強そうな瞳をしている。



「続いて、野々村舞、入場ぉぉぉお!」

 


 レフリーの台詞と共に、舞が入場してきた。

 オレンジ色のビキニに短パンという、露出の高い姿で登場し、俺は思わず鼻を押さえた。


 流れる黒髪に白い肌。控えめな胸。


 舞は横断幕を掲げかけ声をかける自分のファンに向かって手を振っている。


 ああ、ここが白い砂浜が続くビーチで、その笑顔が俺のためだけに向けられたものなら、俺は今にでも駆け寄って彼女を抱きしめるのに。


 興奮状態の客で満席のプロレスリングの上に居るなど、信じたくもない。


 ミチコ・ザ・デストロイと舞は、お互いを牽制しにらみ合っている。


 相手の選手が、ゴリラみたいなとんでもないブスだったら思い切り憎めるのに、どっちも可愛らしいのが、また悲劇だ。


 会場中に沈黙が訪れる数秒間の、ひりつくような緊張感。


 そして、試合開始のゴングが鳴った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る