第22話 誰を書いた歌詞

 地鳴りのような叫び声が、ライブ会場一帯に響き渡る。


 背が高いため牙城はステージ映えがする。首と腕につけた鎖が相変わらず痛そうだが。


 牙城が肩から下げたギターの弦を弾いた途端、爆音がライブ会場内に響き渡り、思わず俺は耳を塞いでしまった。


 床は客の興奮した歓声で微かに揺れている。

 跳ね上がる者、腕をリズムに合わせて振る者、感激して涙する者、様々だ。


 思わず振動に酔いそうになって、おもむろに口元を押さえた。



「四畳半の牢獄 子宮から出てきた意味など 無いのだと 

 乗り込んだ泥の船 鉛の海へ沈んでいく

 極上の絶望 人魚姫とロンド」


 牙城の叫ぶような声が体中に突き刺さる。


「諦めの甘い囁きが あの人を愛した 

 俺の魂をあざ笑った」


 ハスキーな声が殺伐とした音楽に良く合う。


 牙城は楽しくてたまらないというように、張り裂けそうな笑みを浮かべ、マイクスタンドを蹴っ飛ばした。



 牙城を見に来たのだからステージを見ればいいのに、客たちは一心不乱にリズムに合わせて髪を振り乱して頭を振っている。


 途中にMCなどは挟まないらしい。曲が終わってもすぐに次の曲へと続いていく。


 ケツに花火とまではいかなかったが、正直ちょっと、シビれたぜ。





 ライブが終わって一時間近く経つのに、会場の外には大勢の出待ちの客がたむろしている。


 おそらく控室から出てくる牙城狙いなのだろう。

 みんなプレゼントやら手紙やらを持っている。

 なんだか好きな相手に告白したがっている女子のようで微笑ましいが、みんな吸血鬼みたいなメイクをしているのでちょっと怖い。


 スタッフが用意した車に乗り込むため、牙城が控室から出てくると、一斉に悲鳴に似た歓声が上がり、全員が押し寄せてきた。


 慣れた様子で牙城は差しだされたプレゼントを受け取りながら、ファン達に一言二言告げ、車へと乗り込む。


 危ないため俺は必死に列を整備し、手を広げて出待ちの客をいさめるのだ。


「おお、押さないでください!」


 しかし、そんな台詞は熱狂的なファンには届かない。


「なによアンタ、新しいマネージャー?」


 ぎろり、とファンの一人に睨まれてしまった。


 女の(格好をしている)スタッフは俺一人なので、ファン達の怒りの琴線に触れてしまったのだろう。


 血走った瞳で肩を掴まれ、


「言っとくけど、あんた、メノウ様に色目使ったら……殺すわよ」



 殺されるみたいです。


 本気だと、多数の瞳が言っている。

 一気に肝が冷え込んだ。


 平謝りをしながらエンジンのかかった車へと乗り込んだ。乗ってからも、ファンの子たちから嫉妬と侮蔑の視線は追いかけてくる。


 隠れるように頭を下げ、早く車を出すように指示をした。


「人気者じゃないかお嬢ちゃん。

 せいぜい住んでる場所割り当てられて嫌がらせされないように気をつけな」


 ケケケケ、と悪魔のような笑い声を上げて牙城は楽しそうにこっちを見てきた。


 熱狂的なファンならそれくらいしそうで怖かった。今日は家を特定されないよう、無駄に電車を乗り換えて帰ろうと誓った。


「でも、歌はさすがでした。

 これでインディーズレベルなんて信じられない」


「俺に惚れたか? 勘弁しろよ。

 ファンとは寝ないって決めてんだ」


「いやこっちこそ勘弁ですよ」


 万人向けとは言わないが、もっとロックやパンクの好きな人に受けてもいいように思う。

 未だメジャーデビューはしていないみたいだが、パワフルなステージに少なくとも心を奪われたのは事実だった。


「ジミーが俺に囁いていた。

 もっと過激にいけ、ってな」


「誰ですか?」


「ジミー・ヘンドリック。彼は憧れなんて存在じゃねぇ。

 俺にとっての宗教で、信仰の対象だ。

 俺は彼の音楽を崇めている」


 ある種うっとりとした調子で、牙城は指でギターを弾く真似をしながら告げた。


「それにしても誰を思って書いたんですかあの歌詞」


「………ああ?」


「いや、だってあれ恋の歌じゃないですか」


 ミュージシャンは自分の内に秘めた気持ちを歌にして万人に届けるという。

 

 だとしたら、かなりとんがってはいたが恋の歌詞を歌っていた牙城は、その気持ちを持っているという事だろう。


 牙城はただでさえ白目の多い瞳をひん剥くと、俺に顔を近づけて囁いた。


「くだらねえ事言ってんじゃねぇ。

 紅い靴履かせて外国に売り飛ばしてやろうか?」


「まぁた恥ずかしがっちゃってーわぶぅ!」


 面白がって茶化した俺の口をいきなり手で覆って来た。


 ごついシルバーリングが指にはめられていて、それが前歯にぶつかって悶絶する。


 どうやら隣に座るロッカーは意外に照れ屋らしい。


 前の座席で運転をしている緑モヒカンに向かって、椅子を蹴りながらチンタラしてんじゃねぇと暴言を吐いている。


 しかし、その顔が少し紅くなっているのに気がついて、俺は口元を押さえながらばれないように小さく笑った。

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