第20話 帰りの電車で
吉ノ進はその切れ長の瞳で、じっと撮影現場を見つめている。
大御所時代劇俳優である、五十代半ばの俳優が主役の侍として演技をしている最中なのだ。
貫禄があるというか、気難しそうというか。
さっきも撮影の合間にふんぞり返ってマネージャーや下っ端の役者を顎で使っていたので、俺的にいけすかないオッサンだな、ぐらいにしか思っていなかったが。
次はシーン三十三ですよ、というスタッフの声がかかった。
吉ノ進の出番である。
町の平和を乱す悪党武士の手下として、主人公の侍に壮絶に斬られるシーン。
何十人相手対一人の侍の、大太刀まわりが見物である。
「それでは拙者の勇姿、とくとご覧あれ」
そう言って、すっと立ち上がった。その横顔はまるで自らが主役であるような気概が見えた。
* * *
がたんがたん、と電車は目的地へと俺達を運ぶ。
結局撮影が終わったのはとっぷりと夜も更けた頃だった。
心地良い振動を背に感じながら、予想以上の疲労感にため息をついた。
「社長の命令とは言え、雑用ばかりさせてすまなかった。
……退屈であっただろう」
吉ノ進は俺の疲れた様子を見て、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「女性にはあの暑さの中大変だっただろう。かたじけない」
今更だが、彼は本当に俺の事を女だと信じ切っているらしい。
胸の下まで伸びたウィッグに、倉本のメイクのおかげで、誰がどう見ても女の子にしか見えない仕上がりに出来上がっているからだ。
「いや、初めてドラマのセットなんか見たから、楽しかったですよ」
そう言って笑うと、少し安心したように吉ノ進は肩を下ろした。
「―――祖父母がな、拙者がテレビに出ると喜ぶ。
ただの斬られ役で、数秒しか出ないのに、何度も何度も、飽きるほど見てくれるのだ。それが嬉しくて……」
無口な彼が、小さく気持ちを語りだした。
電車の走行音にかき消されてしまいそうなほど、まるで独り言のような呟きだ。
俺にはただの、いけすかない強面のおっさんにしか思えなかったけど。
主役の俳優はきっと彼にとっては昔からの憧れの人なのだろう。
「でも、斬られ役で終わるつもりはないんでしょ?」
俺が返事をすると、吉ノ進は驚いたようにこっちを見た。
そこで初めて、いつも伏し目がちな彼と目が合う。何か言おうとして言い淀み、
「……社長がいきなり連れてきたからどのような娘かと思ったが、あなたは面白い人だな」
それだけ言うとまた視線を反らした。
面白いと銘打たれて悪い気はしない。
俺は気分がよくなって、
「台詞の読み合わせでもしようか」
と提案をすると、吉ノ進は驚いたように首をかしげた。
「主役の役をあなたが、敵役の代官を私が読んでみようよ」
今日の台本をバッグから取り出して、指を差す。
今日は吉ノ進の台詞は一行も無かったけど、いずれは何ページにもわたる長台詞を覚えなければいけなくなるのだろう。
吉ノ進はそこで初めてにっこりと笑った。
酔っぱらいが眠りこけている終電に乗って、二人で静かに時代劇の読み合わせをした。
主役の台詞を読み上げる吉ノ進の横顔がなんだか生き生きしていて、つられて俺も笑った。
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