第19話 江戸村での撮影
次の日、俺は宣言された通り、先輩方のお手伝いをすることとなった。
初日はミスター侍こと、鶴巻吉ノ進。
時代劇の撮影に同行をするらしい。事務所で待ち合わせて二人で撮影場所へと向かう。
「本日はよろしく頼む」
そう深々と礼をしてきた彼は、いつも通りの胴着に袴姿である。
衣装に着替えてから向かうんだ、と尋ねると、不思議そうに首をかしげながら
「これが私服だが…」
と言ってきた。
どうやら家が剣道の道場をやっているという吉ノ進は、普段着が袴らしい。
マンガのような男だ。
弱小事務所の下っ端タレントに、迎えのタクシーや車など来るはずがない。
二人で撮影現場まで電車で向かう。
ICカードの使い方が分からず改札でもたついたりするあたり世話が焼ける。
袴姿で電車に乗り込むので、向かいの席に座っている女子高生に写真を撮られていた。
小一時間ほどして、着いたのは江戸村である。
江戸時代の街並みを再現したセットが並べられている。
週末は観光客に開放しており、平日は映画やドラマの撮影に使用されているという。
初めて訪れた江戸村は、さすが完成度が高かった。
瓦屋根の家が並び、茶店や呉服屋、道場や代官所までリアルに再現されている。
すでに撮影スタッフたちは忙しなく準備を進めている。
大きなカメラが何台も設置され、脚本家や演出家が台本を見ながら何やら話しこんでいる。
吉ノ進はスタッフに挨拶をしながら、衣装を着替えるため控室へと入っていった。
時代劇の撮影は、とにかく待ち時間が長い。
どんなエキストラですら江戸時代の衣装を着て、ちょんまげのカツラをかぶり、メイクをしなければならないため凄く時間がかかる。
しかも吉ノ進の出番の、主人公の侍に斬られるシーンは番組でもラストの場面だ。
彼の出番も、最後なのである。
着替えが終わってからすでに三時間。
夏はまだとはいえ、直射日光の降り注ぐ真昼、そして日陰の無い場所、さらに陣羽織と袴を着こみヅラも装着をしている。
相当暑いであろう。
俺はふうふうと小刻みに呼吸をする吉ノ進のために、持参していたうちわを煽いでやっていた。
こまめに冷やしたペットボトルの水を渡す。
「かたじけない」
「暑すぎるでしょその格好。
熱中症で倒れないようにしてくださいね」
「慣れているので、平気だ」
うちわであおいでいるが、ただ熱気を送っているだけで無駄なような気がしてならない。
しかしあおがないよりは幾分かはいいだろう。既に何時間もあおぎ続けているので、こっちの手が健勝炎でやられてしまいそうだ。
だが、さすがはエキストラとはいえ役者魂というところか。
吉ノ進は、首や背中は汗でびっしょりと濡れているのに、顔にだけはちっとも汗をかいていないのだ。
一流の女優や俳優は、汗腺させも自在に扱うとどこかで聞いたことがあるが、さすがのプロ根性に感服した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます