第17話 愛しの彼女は
「遅いぞ、舞」
「ごめんなさい社長。電車が遅延して……」
社長に怒られて眉を下げる彼女は、律儀に遅延証明書を社長に手渡した。
固まっている俺をもう一度見ると、
「初めまして、あなたが朝陽ユキちゃんですね。
私は野々村舞、よろしくお願いします」
そういうと、俺の手を取って両手で握手をしてきた。
嬉しそうにきらきらと輝く瞳。
「事務所に女の子が増えるって聞いて、楽しみにしてたの。嬉しい!」
そういうと、無邪気にぴょんぴょんと跳ねて笑いかけてきた。
これは酷だ。可愛すぎるぜ。
今自分は上手に笑えているか分からなかった。
すべすべの細い指、えくぼ、ルリのどぎつい香水とは違う、彼女の髪から香る素朴なシャンプーの香り。
俺は自分の頬が熱くなっていることに気がついた。
さらに下品な事を言えば、股間も熱くなっていた。スカート穿いてるのに。
かろうじて、よろしく、という声を絞り出したが、思わず動揺して素の声を出してしまった。大きく咳払いをしてやり過ごす。
フォーリンラブだよ舞ちゃん。この気持ち、どうしてくれる。
「仲良しこよしは家でやんなよネンネちゃん達。
俺はライブの打ち合わせで昨日から寝てねぇんだ。
今なら小鳥のさえずりも巨人のイビキに聞こえる」
恋の世界へトリップしていた俺の思考を、強引に現実へと引き戻したのは牙城だった。
目の下に刻印されたような隈を作った顔を近づけ、ガンを飛ばしてきたと思ったら、すぐに顔を離してギターを担ぎ直した。
そしてそのまま社長に一言二言話しかけると、乱暴に部屋から出て行ってしまった。
「では拙者もこれで。殺陣の稽古がありますので……」
控え目な侍、吉ノ進も一礼をして去っていった。
社長はそれを見て、やれやれ協調性の無い奴らだとため息をついていた。
「ユキちゃんはアイドルですか?
それともタレント、女優?」
「まだ決まっていない。
手伝いをさせながら、何がふさわしいか見極めていくつもりだ」
社長は腕を組みながら頷いた。
銀縁の眼鏡がきらりと光る。
よく見たら、社長は結構な巨乳である。
「舞ちゃんは、アイドルを目指してるの?」
ふと疑問に思い尋ねた。
こんな可愛い子が、アイドルになって人気が出ないわけがない。
俺だったら写真集もCDもグッズも買いしめて、ライブも必ず最前列で見るに違いない。破産するほど貢いでしまう。
しかし、舞はううん、と首を横に振ると、
「私は女子プロなの」
じょしぷろ?
一瞬どういう字を書くか、頭の中で変換できなかった。
「女子プロレスラー。
野々村舞は通算五勝三敗中のレスラーだよ」
社長の一言に、思わずウソだろ!? と素の声を出してしまった。
咳払いをして声を作り直す。
「レスラーって、あの、リングの上でレオタードみたいな服を着てガンガン殴ったり蹴ったりする……あのレスラー」
「うん、そうだよ。
得意技はジャーマンスープレックスなの」
虫も殺さないような顔をして、かなりいかつい技を使うものだ。
細い腕、華奢な体でどれほどまでの試合をするのだろう。
たまにテレビをザッピング中に見る、女子プロの方々の男顔負けの強さと骨肉のリング上でのデスマッチと、目の前のスイートハ二―がどうしても重ならず、頬を掻いて、そうなんだ、と調子を合わせた。
さすがは弱小とはいえ様々な才能を持つ者が集まる芸能事務所。
すでにキャラの濃い者たちばかりで、これからやっていけるのかと行き場の無い不安が押し寄せてきた。
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