第15話 斬られ役の俳優
通された部屋はおそらくは応接室、なのだろう。
しかし広くは無いし、客間としてはあまりにも殺風景で、壁紙もあまり張り変えていないのか少々薄汚い印象がある部屋だ。
黒く大きなソファがコの字型に置かれており、そこに二人の青年が座っていた。
どうやらこのプロダクションの者で、先輩にあたる人達らしい。
「朝陽ユキです、よろしくお願いします」
比較的声を高めにして挨拶をする。
リーチと違い元々男らしい低い声ではないので、そこまで裏声にしなくてもいいのがせめてもの救いだ。
これから同じ事務所で頑張っていく仲間なのだから、仲良くやっていきたいと思うのだが、初対面だというのに眉をひそめてしまうような、奇抜な格好の二人だったのだ。
一人は、まるで侍だ。
白い胴着に、紋付の袴。
足袋を履いており、長い髪の毛を一つに束ねている。
腰にしっかりと日本刀を携えていて、まるで江戸時代にタイムスリップしてしまったかというような錯覚に陥る。
一重の目の薄い顔立ちは、よく袴姿が似合ってはいるが、ポットやソファが置いてある部屋にはふさわしくないように見える。
もう一人は、ガッチガチのバンドマン、と言った姿だ。
ぼさぼさの髪の毛に、首や手首に巻かれた鎖と鋲のアクセサリー。
内臓が全部入っているのか心配になるほど細い体に、ここに来るまでにヒグマに襲われたのか? といったようなズタボロのシャツとジーンズを履いている。
襟元からは鎖骨が浮き出ていて、見るからに不健康そうだ。
まず最初に侍の方が、すっと音もなく立ちあがり、しゃんと背筋を伸ばして一礼をしてきた。
「
まだ若輩者だが、よろしく頼む」
その姿にふさわしい凛とした声だ。
「吉ノ進は、時代劇専門の俳優だ」
社長が後ろから説明をしてくれる。
なるほど、まさに適役だろう。
涼しげな眼もとに、しゃんとした立ち振る舞いで、侍を体現したような格好だ。
頷いた俺に、社長が耳元で、
「あいつを斬る振りをしてみな」
と囁いてきた。
どうしてですか、と問うも、面白いからだよやってみな、と言うので、しぶしぶ目の前の侍クンに向かって、
「やあ!」
と自分の右手を刀に見立てて、相手へと振り下ろした。
もちろん、体に当ててはいない。
すると、侍クンは、
「ぐっ…ぐおぁああああ!!」
リアルな断末魔の声を上げると、背中を弓なりにしならせた。
何度も苦しそうに息を漏らした後、眼球を見開き白目をむいた。
上体を反らせた後、くるくるとその場で回転し、首をがっくりと落として力無くソファの上へと倒れ込んだ。
びくん、と痙攣をしている。
ひい、と思わず声を上げてしまう。
「ご、ごめん!
そんな強くやったつもりは無かったんだけど…」
慌てて、ソファに倒れ込みピクリともしない吉ノ進の肩を揺さぶる。
しかし首ががくがくと前後に動くだけで、ぐったりとしてしまっている。
若い身空で殺人犯になってしまった、と涙目になる俺をくすくすと社長は笑って見ていた。
「おい、とっとと起きろラストサムライ」
向かいに座っているバンドマンが舌打ち交じりに言うと、その声に反応して何事も無かったかのように吉ノ進は上体を起こした。
乱れた前髪を手ですっと直すと、
「どうでござろう、本当に死んだように見えただろうか」
と何事も無かったかのように言ってきた。
「吉ノ進は、時代劇の『斬られ役専門』の役者だ。すでにこの若さで出演した本数は百本以上。
切り捨てられる演技をさせたら右に出る者はいないと言われているんだ」
「……まだまだ精進が足りませんが」
社長が自慢の役者を紹介するように告げる。
確かに、一瞬本当に死んでしまったのかと心配になるほどの迫真の演技で、素直に感動した。
「びっくりしたよ! すごいなぁ」
と拍手を送る。
吉ノ進は照れたようにはにかむと、そっと目を伏せた。
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