第14話 私ってば超可愛い

 学校帰り、事務所の扉を開けて中に入る。


 薄暗い階段を上がり、「社長室」と手書きのプレートが掲げられた部屋へと入った。


 中にはダークスーツを着た社長が仁王立ちで待ちかまえていた。

 俺の姿を見るとルージュを塗った唇をつり上げ、二度手を打つ。


 すると奥の扉が開いて、颯爽と倉本が現れた。


「変身の時間だよ」


 倉本はパーカーを着て髪の毛を無造作に遊ばせている。

 伊達であろう、黒縁の眼鏡をつけて微笑んでいる。


 ウインクをされて、俺は反応に困り視線を泳がせた。

 促された椅子へと座ると、すぐに顔にファンデーションを塗られる。


 そのあと、眉を描き、瞼にべたべたとラメのついた化粧品を塗られていく。

 まるで自分の顔をキャンバスにして、絵を描かれているような妙な感覚である。


「どんな気分だ? 『朝陽ユキ』」


 社長は、にやりと笑いながら、俺を芸名で呼んできた。


「……不思議な気分です。まだ慣れません」


「まあすぐに慣れる。いいかい、君の事は女装男子としてではなく、れっきとした『女の子』としてデビューさせるつもりだ。

 だから、君が男だという事は事務所の中でも秘密だし、長谷川裕樹が実は女の格好をしていると言う事も、学校の誰にも秘密だ。

 分かってるね」


 それは願ったり叶ったりである。

 俺だって、健全な高校生活を送りたいものだし、元より誰かに公言する気持ちは無い。


「だから、君の仕事やマネジメントは私が直々に行う。

 他の人に頼んだら無理な仕事、たとえば、水着のグラビアとか取って来られるかもしれないからね。

 あと、倉本は君専属のメイクさんだ。

 毎回事務所に来るたびに、彼にここでメイクしてもらうように」


 無理無茶無謀、の三拍子そろった計画。

 企画倒れすると思ったのだが、案外社長はノリ気のようだ。

 ここまで協力を仰げるとは思っていなかった。


「君の秘密を知っているのは、社長の私と、メイクの倉本だけだ。あとは利一か」



 そしてルリだ。

 速効バレてしまったが、まあいずれは言わねばいけなかったことだし仕方がない。


 栗色の髪をバレッタで束ね、銀縁の眼鏡をかけいかにもデキる女と言った容貌だが、この社長は意外に子供のようなお茶目な部分があるらしい。


「良かったね、ユキちゃん。

 この桂木遥社長は、業界では敏腕社長として有名なんだよ。

 そんな人に一目置かれた君は幸せ者だ」


 俺のまつ毛にマスカラをつけながら、倉本は楽しそうに言う。


 褒めすぎだよ、とまんざらでもない様子で社長もそれに応じた。

 二人は随分仲が良いようだ。


 倉本は細い指先で、繊細かつ大胆に俺の顔をメイクアップしていく。


 後で教えられたのだが、BBクリームで下地を塗りファンデーション、頬にチーク、目は三段階でアイシャドウを塗った後にアイライン、マスカラはたっぷりとつけ、下まつ毛も忘れずに。


 鼻を高く見せるノーズシャドウにピンクの口紅をつけその上からグロスを塗る。


 などなど。俺にはスワヒリ語並みに奇怪な言葉だ。


 最後には目が悪くないというのに瞳を大きくするためだとカラーコンタクトまで入れられて、眼球がごろごろと痛むのを我慢した。


 目を開けようとしたら社長がそれを遮って、


「さあ朝陽ユキ。三回唱えるんだ。

 『私ってば超可愛い』ってね。

 暗示なんてくだらないと思うかもしれないが、言葉には力がある。言ってごらん」


 落ち着いた声で囁かれ、俺は言われた通り三回唱えた。


「私ってば超可愛い。私ってば超可愛い。私ってば超可愛い」


「目を開けて」


 ゆっくりと瞳を開ける。

 鏡に映った自分は、紛れもなく超可愛かった。


 自分の後ろにきらきらと後光が差して見える。


 目力のある大きい瞳に高い鼻、透き通るような白い肌に、長いまつ毛、プルプルの唇。


 ため息をつく俺の姿に、倉本と社長は肩を組んで満足そうに頷いている。



「さ、どう思う?」


「……俺が今まで、いいなと思ってきた女の人は、みんな化粧のおかげだったのかなぁと思ってます」



 そういうと、社長と倉本はけらけらと顔を合わせて笑った。


「ハッハ、そうかもしれないね」


「社長も化粧でごまかしてるんですか?」


 言ってから失言だと気がついた。


 俺の純粋な問いに社長はにっこりと笑って髪を掻き上げると、鋭利なハイヒールで俺の脚の甲を思いっきり踏みつけた。


 突き抜けるような痛みが瞬時に襲い、言葉にならない悲鳴で叫ぶ。


「……生意気さでは合格だ、朝陽ユキ。

 これから、口のきき方も教育してあげるからね」


 銀縁の眼鏡を押し上げて睨みつけてきた社長に、小さく暴力反対、と訴えるのであった。

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