第11話 鏡の中の美少女
「肌は綺麗なようだね…。
顔立ちは薄いが、化粧映えがしそうだ」
にやり、と笑うと、「倉本!」と誰かを呼んだ。
その声に合わせ扉が開き、中からは長身の男が現れた。
ざっくりと胸元があいたVネックのシャツにストールを巻き、暑いんだか寒いんだか季節感の無い姿に赤いハットをかぶっている。
都会のオシャレな若者、といったファッションだ。
「なんですか、社長」
「彼女のメイクを頼む」
倉本と呼ばれた青年は腰にたくさんのメイク道具を下げている。
どうやらメイクアップアーティストらしい。男のわりに小綺麗なのも頷ける。
俺を椅子の上へと座らせると、優しく微笑んで「美人さんにしてあげるからね」と言った。
為すがまま座らされて、正式名称も知らないメイク道具を取り出し、べたべたと何かを顔に塗りだした。
なんだか小さい頃に母親の化粧台で嗅いだような匂いが辺りに立ちこめる。
倉本は神技のような速さで手を動かす。
後ろでは社長とリーチが久しぶりに会ったからか「最近どうなの」「いやー、高校つまんないわー」「そういやちょっと背伸びた?」みたいな盆暮れお馴染みの親戚同士の会話を繰り広げていた。
ちょっとはこっち見ろよ。
そして、倉本が満足そうに、完成だ、と言って息をついた。
リーチはあんぐりと口を開けて間抜け面でこっちを見ている。
社長はとても面白そうにリーチの肩に手を置いた。
「どうだ利一、この子が表紙のグラビア誌があったら」
「………買っちゃうね」
買っちゃうのかよ!
しかし心の中のツッコミとはよそに、倉本は晴れやかに笑って手鏡を渡してきた。
鏡の中には、それはそれは可愛らしい女の子。
女の子はすぐに目を見開いて眉根を寄せ、頬を引き攣らせた。
「これ……俺……?」
かすれた声が出た。信じられない。
こんな子がクラスに居たら、どう隙をうかがって体操服の匂いを嗅ごうかと考えてしまうほどの、美少女だ。
透き通るような白い肌、長いまつ毛に黒目がちな瞳。桃色の頬、きらめく唇。
化粧品のCMで使われそうな単語を頭の中で羅列してみたが、それほど可愛い女の子になっていた。
「文字通り化粧で化けたね、素晴らしい」
社長はご満悦そうに胸を張っている。
「美月ルリの事務所とは少し因縁があってね。協力しよう、長谷川裕樹。いや…」
そこで一度顎に手を置くと、何かを考え込んだ後、
「君は今からこのクリスタルプロダクションのアイドル、『朝陽ユキ』だ!
あっちが美しい月ならば、こっちは輝く太陽だ。
決まりだな、未来のシャイニーガール!」
はっはっは、と高笑いをして、社長の声は建物中へと響いた。
つられてリーチが拍手をした。
その微かな振動で、横のデスクに乱雑に積み上げられていた書類が音を立てて倒れ、埃が舞う。
夕日が射し込み、安普請な事務所がオレンジ色に染まる。
窓ガラスに映った美少女は、実に情けない顔で喉の奥で笑った。
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