第10話 くだらない理由

「なんで女装してるの?」


 一瞬で見破られた。


 リーチの言っていた親戚のやっている小さな芸能事務所にアポを取ってやって来たのだ。ウィッグをつけ、リーチの妹の服を借りて着ている。


 長谷川です、よろしくお願いします、の途中で言われたので、「お」の形の口のままフリーズした。


 目の前の二十代後半と思しき女性は、銀縁のメガネを押し上げ、もう一度尋ねてきた。


「なんで、女装してるの」


 ダークカラーのパンツスーツ、肩口まで伸びた髪を揺らす。


 少しキツめな顔立ちだがなかなかの美人だ。


 そんな相手に強い口調で問われ、口ごもった。


「……えっと、女装なんかじゃ、」


「私をからかいたいのなら帰りなさい。

 弱小事務所とはいえね、一応社長だから暇じゃ無いんだよ」


 少し苛立っている様子で言われ、年上の女性がめっぽう苦手な俺は萎縮した。

 

 助けを求めるように後ろにいるリーチを振り返ると、口をへの字に曲げていた。


「遥姉さん。こいつの言い分も少しは聞いてやって」


 リーチが、既に門前払いを決め込んでいる若き女社長をなだめるように言った。


 リーチからすると、はとこに当たるらしい女性は、腕を組んで小さく首を傾けた。


 俺は唾を飲み込み、一歩前へ踏み出すと、


「バカバカしいと思われるかもしれないけど、俺にとっては重大なことなのです。

 プライドを失ったまま負け犬人生を過ごすのはもうこりごりなんだ。

 その手段が『コレ』っていうのは確かに自分でも不満だけど。

 トップタレントになって、シャイニーガールズコンテストに優勝したいんだ!

 お願いします!」


 尖ったハイヒールの先が目の前にあった。

 こんな格好で、見知らぬ小汚い事務所で、どうして必死で頭を下げてるんだろう。


 プライドを取り戻す為に、すでになけなしのプライドはズタズタだ。


 横でリーチが黙って同じように頭を下げていてくれて、そのせいでまた泣けてきた。


「顔を上げなさい」


 冷静な声が降ってきた。


「何故そこまでするの?」


 至極まっとうな問いだ。

 腕を組んだ社長は、本心を聞き出そうと鋭い視線で睨みつけてくる。


 嘘やごまかしは簡単に見抜かれそうな、そんな瞳だ。


 一度大きく息を吸って、


「美月ルリは俺の姉です」


 と言った。


 社長が瞬きをした。心臓の音が聞こえないよう、息を吸う。


「アイツをギャフンと言わせたい。それだけです。

 ……くだらないと思いますか」


 本当にくだらない理由だ。


 ただ、自分にとってはすごく重要なのである。


 すると、社長はルージュを引いた形の良い唇を釣り上げ、実に愉快そうに笑い出した。


「いいねぇ。単純かつ頭の悪い答え。

 気に入った!」


 手を叩くと、不意に近づき俺の顎を掴んだ。


 じっと、大きな瞳で覗き込まれる。


 お互いの息がかかるほどの至近距離。

 まるでキスをしそうな距離で、社長は俺の頬を優しく撫でた。

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