第7話 囚われのヒーロー

 それから、ヒーローは衰退の道を歩むことになる。


 同じ小学校に転校してきたルリ。

 すでに子供番組のレギュラーをしていて有名だったし、そのずば抜けた美貌にたちまも男子も女子も虜になった。


 しかも、頭は学年一どころか県テストでも十位以内に入り、足の速さは学校選抜。

 描いた絵が市長に表彰され、子供番組のアイドルユニットとしてCDまで出していた。


 そして俺は、誰からも相手にされなくなった。


 子供とは無情なものだ。

 より良いものを見つけると、前のものなど簡単に忘れて切り捨てる。


 俺はとっくにクリアして飽きたゲームソフトのように、誰からも相手にされなくなった。


 一度墜ちるととことん底辺だ。

 やがて俺は「ルリの弟」というアイデンティティしか無くなってしまった。


 中学に入ってからは、何をやっても姉と比較され、どこへ行っても姉を紹介しろと言われ、サインをねだられる。


「俺」という存在はもはや存在しなかった。


 そこにはルリの弟という泥人形が、毎日律義に学校に行っていただけ。


 あれだけ成績優秀スポーツ万能だったのに、何をやっても姉に勝てないという理由で、部活も入らず塾にも行かず。


 そうすれば自然と成績や体力が落ちる事は目に見えている。

 

 人格形成に非常に重要な思春期を、卑屈に過ごした俺は、もう後には戻れないほどの負け犬根性のしみったれた男に成り下がった。

ああ、これはまるで悲劇。


 母親を喜ばせたいと思って努力をし、見事学校一になったヒーローは、顔だけ美しい魔王に捕まり、暗く狭い頑丈な檻の中で、今も悲しそうに泣いている。


 それは小学五年生の俺だ。そして、高校一年生の俺の自尊心だ。


 いつかここから出て、あの忌々しい魔王を倒しに行こうといつも思っているのに。


 魔王の強さ、したたかさ、自信、そして熱狂的な信奉者たちに気負いして、すごすごと檻の中に戻るのだ。


 可哀想な囚われのヒーローを救うのは今だ。


 これ以上引き延ばすと手遅れになる。


「負け癖を無くしたいんだ」


 俺は屋上の真ん中で、天高く宣言した。


 小中高の幼馴染で、俺の栄枯盛衰ぶりを全て身近で見てきたリーチは、髪を掻き上げて頷いた。


 俺が「ルリの弟」に成り下がっても、変わらず友達で居続けてくれたのはこいつだけだ。


 高校デビューで髪を染めて不良チックになってはいるが、それは不良漫画を読んで真似しているだけだし、形から入るいつもの癖だ。普段は礼儀を重んじるハートの熱い男である。


「まあ、これ食え。腹が減ってると、どうしても卑屈な考えになる」


 そう言ってリーチはマンゴーホイップパンを投げてきた。

 リーチは甘党だが、俺は甘いのはあんまり好きじゃない。けど、黙って食べた。

 

 腹が満たされても、考えは変わらなかった。



「もうあいつの独裁に付き合うのはうんざりだ。奴隷解放宣言をここにする! 

 顔が良ければ何でもしていいってのかよ!」



 ヘルシーな食事を作らされるのも、あいつの買う雑誌、日用品、化粧品を買いに行くのも、風呂上りのマッサージも服のアイロンかけやベッドメイキングまで、全て俺がいまだにやっている。


 家ではルリの言う事に「はい」「わかった」「了解」しか話してはいけないとまで言われている。

 それに大人しく従っているだけの自分は、もう嫌なんだ。

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