第6話 ヒーローが打ち破られた時
廊下を歩き、角を曲がり、階段を上り、屋上の扉を開けた。
開放されてはいるが、立地や日当たりが悪いためほぼ誰も使わない屋上に、足を踏み入れる。
そして、段差に座り込み、たっぷりと間を開けて、
「俺、このままじゃヤバいと思う」
組んだ手に顎を乗せ、とても神妙な様子で、心からの願いを口にした。
漫画だったら、見開きのページの大きいコマで、どーんと描かれるような迫力だ。
「……………………うん、そうか」
リーチは冷静に返答した。
「だってよ! そう思わないか!」
自らの膝を打ち立ち上がる。あまりに反応が薄かったので妙に気恥ずかしくなったのだ。
「お前だって知っているだろう?
俺は昔はクラスで一番の男だったんだ!」
リーチは、この高校で俺が小学生の時大人気だった事を知っている、唯一の人間だ。
そう、俺はあの女と出会うまでは、スペシャルに最高にイケてる男子だったのだ。
小学校入学と共に両親が離婚をし、俺は母親に引き取られた。
母親は朝な夕な働いて、どうにか俺を女手一つで育てようと必死だった。
子供ながら、少しでもそんな母親を喜ばせたくて努力をしたのだ。
めちゃくちゃに勉強をして、学年で一番の成績を取った。かけっこも一番になった。
自由研究は教室の一番目立つ所に飾られ、読書感想文で賞を取り、合唱でもソロに選ばれて、運動会ではリレーのアンカー。
そうすれば学校でのヒエラルキーは上がっていく。
学級委員は毎回推薦で選ばれて、給食も人より多く盛られた。
男子どもは休み時間の度に俺の取り合いだ。やれドッジボールをしよう、いや缶けりをしようと争い合う。
女子からは毎日告白されていたし、バレンタインはランドセルにパンパンにチョコを詰められて、お返しをするのが大変だった。
あの頃の俺は、誰もが憧れるヒーローだったんだ。
未だに、小学生の頃の友人に会うと、目をきらきらとさせて俺の事を見る。
しかし、俺が小学五年生の頃、母親が再婚した。
再婚相手の一つ年上の連れ子が、ルリだ。
スーパーのレジ打ちをしている地味な母親と、再婚相手のIT企業社長がいつどこで知り合ったのは知らないし、知りたくもないのだが、再婚相手の父親は熱心なステージパパだったのだ。
幼い頃から子役としてルリを芸能プロダクションに入れ、すでに小学六年生で多数ドラマや映画の子役に抜擢されていたルリ。
初めてその姿を見た時は、クラス一の可愛い子よりも、飛びぬけて可愛いルリにドキドキした。
一人っ子の自分に、姉が出来るのも嬉しかった。
だから、仲良くなりたくてルリの持っているゲームを一緒にやったのだ。
当時流行っていた、モンスターを育てて戦わせる携帯ゲーム。
勉強や運動だけでなく、ゲームのうまさでも学校でトップレベルだったため、負ける気はしなかった。
しかし―――ルリは、俺の自慢のモンスターたちを、ほんの一瞬で討ち倒したのだ。
まるで裏技でも使ったのではないかと思うほどの強さだった。
ものすごい指さばきでコマンドを入れ、魔法を放ち、アイテムを使い、手持ちのモンスターたちは次々にやられていった。
気がついたらゲームオーバーだったのだ。
携帯ゲーム機の画面から顔を上げ、ふん、と自慢げに片眉だけを上げて笑ったルリ。
俺は覚えている。今でもはっきりとあの瞬間を。
幼い俺は、あの時のルリの笑顔を見て、「取って食われる」と思ったのだ。
背筋がぞっとした。
何もかも食い尽すような、捕食者の目をしていた。
その瞬間、ルリと俺の間に上下関係関係が出来上がってしまった。
俺が、幼い脳みそをフルに使い努力して作り上げた城を、あいつはあっけなく崩したのだ。
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