第5話 姉貴兼アイドル
「もうやだ死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい」
「おお、十回クイズか?」
そんな俺の様子にも、リーチはおどけた調子で返す。
あんドーナツとメロンパンを交互に食いながら、カフェオレで流し込んでいる。
鼻の奥がツンとする。
胸の奥を締め付けるゆるい絶望に打ちひしがれていたら、背中をバンバン、と叩かれた。
「……おい、ヒーロー、おい」
リーチがパンをもぐもぐさせたまま呼ぶので、生返事をする。
しかし無理やり学ランの首根っこを掴まれて顔を上げさせられた。
何すんだよ、と乱暴な扱いをされたことに対し言い返そうとしたら、目の前に姉貴がいた。
髪をポニーテールに結び、可愛らしいチェックのスカートに白いブラウスを着ている。
「―――な、なんで姉貴がここに、」
姉貴とは高校が違う。
というか、仕事が忙しくてほとんど学校に通えていないはずのルリが、何故今昼休み中の自分の教室に居るのか。
そんな問いには答えず、ルリはにっこりと笑顔を作ると、
「裕樹ったら、駄目じゃないお弁当忘れちゃあ。せっかく私が朝早く作ってあげたのに! もーほんとに世話のかかる弟なんだから!」
甘ったるい声で話しかけてきた。
俺は知っている。
これはメディア用に作られたキャラクター、美月ルリの声だ。
家で暴言を吐き暴力を振るう本性ではない。一見誰もが騙される、正当派美少女の擬態をかぶっている。
心の警戒音がビービーと大音量で鳴っている。
頬を引き攣らせたまま間抜け面で差しだされたお弁当袋を見上げた。
良く見るとルリの背後には、何人ものテレビカメラを持ったクル―と、でっかい猫じゃらしみたいなマイクを掲げた音声さん、そして社員証をぶら下げたテレビ局のスタッフらしき人も居る。
「驚きすぎよ。今日はテレビの密着取材が来てるの。もう、早く姉離れしてよね!」
完璧に作られた発言。計算されたカメラからの角度。
いきなりの芸能人の登場に、教室はもうパニックだ。
写真を取り出す奴、他の教室に友達を呼びに行く奴、歓声を上げる奴。
普段厳しいゴリラ顔の体育教師さえ、ルリに鼻の下を伸ばしている。
完璧に情報操作じゃないか。
弟と仲が良い自分を見せていいお姉さんキャラアピールってか?
薄ら寒さを感じながら、かろうじて頷くと、すぐにテレビクルーもろとも教室を出ていった。
最後、教室を出ていく時に一度だけ振り返り、絶対にスタッフからは見えない角度で、中指を立ててきた。
おそらくは、俺が大したリアクションを取れなかったことに腹を立てているのだろう。
ルリを追いかけて廊下を走っていく奴がいる。
さっき玄米サンドの件で折檻されていたマネージャーがぺこりと会釈をして去っていった。
周囲にただよう、ルリのつけている甘ったるい香水の残り香。
手の中には弁当箱。
中身を見なくても分かる、おふくろが作ったに決まっている。
料理どころかレンジでチンさえ自分でしたことが無い女が、何が朝早く起きて作った、だ。
お前が朝早くやることは、半身浴と美顔ローラーで顔をコロコロすんのと、俺への罵倒だろう!
ルリを追いかけて、教室にはほとんど人がいなくなってしまった。
廊下は歓声で騒がしい。弁当箱と引き換えにみじめに教室に取り残された、人生の明と暗を端的に表した図。
どうしてこんなに差が開いたんだ。
もう一度言う。
どうしてこんなにも俺とあいつの間に差が開いたのだ!
弁当箱を机に置いて、勢いよく立ちあがった。
「どうした」
「……黙ってついてきてくれ」
突然立ち上がった俺にきょとんとしながらリーチが尋ねてきたが、俺のただならぬ気迫に押されたのか、リーチは小さく頷いて、パンを抱えたまま大人しくついてきた。
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