第3話 我が家の暴君

「あーーーーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」


 良く通る声の高笑いは、近隣の街にまで響き渡る。

 姉貴は指を差し、腹を抱えて大爆笑をしている。目尻に涙まで浮かべて。 


「何がおかしいんだよ! 悪いかよ!」


「振られたとか、振られたとか……! 超だっさい! 

 やっばいツボに入っちゃった。  

 つーか、アンタがいっちょ前に彼女作ろうなんて考えが甘いのよ」


 げらげらと品無く笑う声が、俺には本当にいじめっ子の罵声のようにしか聞こえない。


 拳を強く強く握りしめるも、反論できないため黙り込むしかない。

 それがどうしようもなく悔しい。


 腹の底から笑い続ける姿を死んだ目で見つめながら、必ずやネット上に、こいつは整形だとか豊胸だとか、あることないこと書きまくってやろうと心に誓った。


「あ―面白い、超最高。

 今日のブログのタイトルは決まったわ。『弟が失恋!?』ね」

 

 スマホを取り出しすぐに文章を打ち出した。


 立ち上がってそれを制止すべく腕を掴もうとするも、華麗にかわされてしまう。


「女のケツ追いかけている暇があったら、勉強でもすれば? 

 凡人のアンタが少しでもマシな人生を送りたいと思うなら、勉強していい大学入るぐらいでしょー?」


 大きな瞳を細めて、小馬鹿にするように笑う。


「………姉貴に俺の気持ちは一生分からない」


 絞り出すような声で非難をすると、


「分かんないでしょうね。

 それに私、振られたこととか無いし」


 当たり前のように言うと、ふん、と鼻を鳴らして部屋を出ていった。


 胸の奥でもやもやと嫌な物が渦巻く。

 行き場の無い怒りを、そのまま枕にぶつけた。


 そうして「高校を辞めて家を出て住み込みのバイトを探す」という夢想を物の数分で諦めた俺は、仕方がなく制服に着替だした。



 すぐにマネージャーがやって来た。

 優しそうだが気の弱そうな眼鏡の青年である。

 ぺこり、と弟の俺に会釈をした後、まだ着替えていないルリに、一日のスケジュールを話している。


 ルリは聞き流しながら「そんなことより朝ごはん買ってきてくれたの?」とか言っている。

 

 マネージャーが差しだした紙袋を奪い、中身を見ると、「玄米のサンドイッチにしろって言ったじゃん!」と怒り、マネージャーのスネを蹴り飛ばした。

 弁慶の泣き所を攻撃され、悶絶するマネージャー。


 ああ、なんという横暴。


 顔はまるで天使のようだが、中身は悪逆非道の悪魔のようだ。


 一回りも年下の少女に頭ごなしに怒鳴られているマネージャーに、心の中で合掌しながら家を出た。

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