第29話 福岡県民、イラッとする。

 



 高笑いアンド爆笑をするご令嬢が私のことを『婚約者』と呼んだ。


「婚約者じゃなかです」


 誤解は訂正しないと。

 

「カ、カリナ?」

「婚約者ではありませんの?」

「違います」


 何しに来たんだコイツ。などと心の中で悪態を吐いていたら、衝撃的な事実が発覚した。


 またもや、お義母さまのお手紙が原因。

 何をしてくれているんだ。


「貴方が新しい婚約者を見つけて、結婚間近と聞いたのよ」


 ご令嬢が、スススと滑るように歩いて、団長の腕に抱きついた。私にはない豊満な胸を押し付けて。

 別にイラッととかしてないけどね。


「離れてくれ」

「ねぇ、こんな子供より、私のほうがいいでしょう?」


 むにむに、押し付けている。


「離れてくれ」

「復縁しましょうよ。ずっと連絡しているのに、返事をくれないんだもの」


 むにむにむに。押し付け続けている。


「……離れろと言っている」


 団長のイライラがピークに達していそうだ。

 というか、いつまでむにむにしているんだろうか。


「ハンス」

「はいはい。承知しました」


 副団長がご令嬢の腕を掴み、ズルズルと引きずって連れて行ってしまった。

 一体何だったんだろうか。


「じゃ、お疲れ様ですー」

「カリナッ!」


 団長に引き止められた。腕を掴んで。

 この人たちはなぜにこんなにも腕を掴むんだろうか。

 よくよく考えると、いつも腕を掴まれているような気もする。


「っ、手荒に扱って済まない。その、少し話し合いたい」


 ソファに座らないかと聞かれたので、彼女は戻ってこないかの確認をした。

 副団長が連れて行ったから大丈夫だと言われた。

 それならと座ることにした。


 まず、お義母さまに謎の手紙攻撃を止めるように言ってほしい。話はそこからだ。


「んむ。約束する」

「で、誰なん?」

「…………元、婚約者……みたいなものだ」


 お姉様方の噂は本当だったのか。

 婚約者までもいたとは知らなかったが。


 団長いわく、婚約者になる一歩手前だったらしい。

 婚約者になっていたら、今は地獄だっただろう、と団長が青い顔で呟いた。

 

 彼女の実家はとても有力な貴族で、団長が幼い頃から、娘が生まれたら婚約者に、と家どうしで約束していたらしい。

 団長が十歳になった頃、彼女が生まれた。

 

「許嫁?」

「あぁ。アレが十五歳になって、本格的にと話が進みだしたが――――」


 団長は既に二五歳。愛や恋の対象とは思えなかったが、幼い頃から見ていたから、妹のような気持ちではあったらしい。

 彼女は彼女で、愛や恋に憧れる年頃。二五歳の男は年上過ぎた。

 婚約を回避するため、彼女はありえない噂を巷に流したそうだ。


「俺がハンスと体の関係を持っていると、な」


 まさかの巷で話題のBとLな本の発信源はヤツだったのか!


「随分と落ち着いていたんだが、近頃また再燃しているようだな。まぁ、キラキラした笑顔を提供できているようだし、楽しそうで何よりだから、気にはしないが」


 当時はかなり衝撃だったらしい。


「男児を襲っている、という誤解まで生まれてな。…………まぁ、婚期を逃した。だが、カリナと出逢えたから、それもいい」


 団長の心が広すぎる。この人は全部耐え続けているのではないだろうかと心配になってきた。



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