第13話 福岡県民、怒らせてしまう。




「んー!」


 ゲシゲシとハンス副団長の脛を蹴った。


「そんな可愛らしい蹴りでは、なんの抑止にもなりませんよ?」

「っ、なんで?」

「なんで? 簡単なことでしょう?」


 またキスされた。

 今度は首筋に、吸い付くように。

 

「好きだからですよ。ロイより私を見て下さい」

「っ――――」


 泣きそうな声でそう囁かれた。

 心臓が締め付けられる。

 でもこれは、副団長が好きだからではない。

 全身で『愛して』『好きだ』と言ってくれている副団長に、応えることが出来なくて申し訳ないから。


「ごめんね?」

「……やっぱりロイですか?」


 ――――やっぱり?


「…………誰も、好きじゃない」

「は? なぜ、そのように分かりやすい嘘を吐くんですか? 年齢もでしたが。貴女は嘘ばかりだ」

「っ、煩――――」

「何を、しているんだ……?」


 地を這うような、怒りを含んだ低い声。

 聞き慣れた、さっきまで側にいてくれた人の、声。


「だんちょ……」

「何をしているんだ? ハンス」


 副団長の体で全然見えていなかった。

 足音も聞こえなかった。

 ちらりと見上げた副団長の顔は、少しホッとしたような、悲しそうな、微妙な表情だった。


「彼女を離せ」

「ロイ、女性はきちんと玄関まで送らないと。お前がそう教えたのに、なにをやってるんだ?」

「……」


 ギリリと歯を食いしばる団長が、副団長越しに見えた。

 あんなに怒っている顔は見たことない。

 団長の見た目は割りと厳しい系だけど、基本は真面目で優しいし、部下の失敗にも寛容な人だ。

 

「離れろと言っている」

「…………ハァ。はいはい」


 副団長が私から離れると、両手を頭の横に上げた。


「カリナ、何をされた?」


 団長が私と副団長の間に割り込んで、恐ろしいほどに怒りを含ませた声で聞いてくる。

 副団長の顔は、団長の背中で見えなくなってしまったけど、きっと泣きそうな顔をしているはずだ。


「なんもされとらんよ」

「……本当にか?」

「うん。壁に押し付けられとっただけ」

「…………ハンス、消えろ」


 ザリッと砂を踏む音が聞こえた。このまま、立ち去ったら…………駄目だ。本能的にそう思った。


「副団長っ! 明日、仕事場でね?」

「っ…………貴女はどこまでも残酷ですね」

「うん。ごめんね」




 気まずい。

 とてつもなく、気まずい。

 部屋のベッドに座らされて、団長は私の正面で仁王立ち。


「何もされていないと言ったよな?」

「……」

「首筋のこれは、何だ?」


 つ、と指先で首筋をなぞられた。腰から背中に続々とした震えが這い上がってくる。


「っ!」

「『誰も好きじゃない』そう、聞こえた。それなら何故、私にキスをした? 何故、私からのキスに応えた? 何故、期待させる」

「っぁ……」

「カリナ、君は…………確かに残酷だ」

「ごめんなさい」


 下を向いて、謝るしか出来なかった。

 団長は大きな溜め息を残して去っていった。



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